2011年09月14日

ヨブ記

旧約聖書 ヨブ記 (岩波文庫 青 801-4)

岩波書店
売り上げランキング: 25156


旧約聖書の一部のヨブ記です。これまで創世記しか読んだことなかったので読んでみました。

ただ、創世記読んだ時よりは年を重ねたせいか、少し理解できるようになってきました。ヨブ記の解釈は僕が書くよりも多くのことが述べられている(もうかなり長い年数)ので、解釈は述べませんので感想を書きます。

まず、読んで思うのは古代の時代の古さの感覚です。プラトンの書いたものを読んでも三国志や”項羽と劉邦”のような歴史物を読んでも現代性を読み取ってしまいます。

つまり、時代の古さはあったとしても、現代と連続の範囲内での古さという印象です。

しかし、このヨブ記は神話っぽっくなく(創世記やらエッダやらは神話っぽかった記憶がある)、一方で現代とは断絶した”古代”を感じます。これは、ヨブのいた時代の古さや世界観によるものでしょうか??

この感覚は、神がまだいた時代だったからかもしれません。ギリシアの神々やファンタジー小説にでてくるような神と人の暮らす世界の神は神といっても人に近いからで、ヨブ記の神は人らしくないからかもしれません。それが現代との断絶(つまり人ならざるものがいる世界)の感覚を生み出しているのかもしれません。

ちなみに、先日オットーの「聖なるもの」を読んだ直後なので、この感想はその影響を受けすぎていると思います...
posted by 山崎 真司 at 20:18| Comment(2) | TrackBack(0) | 哲学、人生論

2011年09月10日

聖なるもの

聖なるもの (岩波文庫)
オットー
岩波書店
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はじめて読んだ神学の本です。神学といっても、この本はヌミノーゼという語りえぬ聖なるもの、畏怖すべきものを軸に語っています。このヌミノーゼは、宗教などの根源にある畏怖すべき、荘厳なアレです。富士山の上で雲海を見たり、山奥の神社で早朝に感じるあの感覚がヌミノーゼなのかな、と思いますが..

前半部分は、この分節化されえないヌミノーゼを、「これじゃないけど、こんな感じ」というものをいろいろとあげていくことで述べていきます。文化人類学とか、比較社会学でありそうなパターンの展開なので、分かりやすいですね。

そして、このヌミノーゼを語った(厳密には、ヌミノーゼの近辺を語った)あとは、このヌミノーゼがどういうものであるかを元にキリスト教の歴史を語っています。

初期の宗教(キリスト教だけど)には、このヌミノーゼが多くあるが、宗教の発展と共に、教義の確立し、また宗教が道徳化していきます。教義の確立は言語化の行為であり、それはヌミノーゼを非ヌミノーゼへと、変容させていきます。このヌミノーゼが減っていき(隠れたものになりながら)、合理性と道徳性を得ていくのが宗教の発展と言えます。もちろん、宗教である以上、完全に合理的なものとはなりえず、必ずヌミノーゼや非合理性を内包する必要はありますが。


また、このヌミノーゼやオットーの宗教観はカント的な概念の延長ともいえます。ヌミノーゼは悟性ではわからないアプリオリなものでもあります。つまりアプリオリな宗教経験と言い換えることができます。また、オットーは初期のキリスト教と現代のキリスト教は同一のものか、という話を救済の合目的性という点から述べています。これは判断力批判のフレームワークです。

他にも、音楽の話、ゲーテの話、と出てきていかにもドイツ的な本ではありますが、神学の本といえど意外と読みやすかったという印象です。

もっとも初見はよくわからなくて、まとめながら読みなおしてようやくなんとなく分かったということなんですが...
posted by 山崎 真司 at 18:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 哲学、人生論

2011年08月27日

道徳感情論

道徳感情論〈上〉 (岩波文庫)
アダム スミス
岩波書店
売り上げランキング: 191507


道徳感情論〈下〉 (岩波文庫 白 105-7)
アダム スミス
岩波書店
売り上げランキング: 204670



哲学にはいくつかの流行のトピックがあります。このアダム・スミスの本はどうして社会が成り立っているのか、というものです。(と私は読みました)

この社会がどうして成り立っているのかという問いの答えは、神、社会的契約、共通善、といったものがあります。アダム・スミスの答えは、このような社会は勝手にできるもの、ということです。これを同感(シンパシー)ということから組み立てています。


ただし、この本の一番の感想は読みにくかったというものです。格調高いイギリス英語のせいか、一文が非常に長く読みにくく、頭にまったく入ってきませんでした。結局、読み始めてから読み終わるまで2ヶ月以上かかってしまいました。
posted by 山崎 真司 at 20:14| Comment(4) | TrackBack(0) | 哲学、人生論

2011年08月11日

老年について

老年について (岩波文庫)
キケロー
岩波書店
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キケロ著ですが、大カトーが、小スキピオとガイウス・ラエリウスに語るという形式の対話篇です。形式が、プラトンっぽいですが、内容も非常にプラトンっぽいです。

老いは
1.公的な活動から遠ざけるから
2.肉体を弱くするから
3.ほとんど全ての快楽を奪い去るから
4.死から遠く離れていないから
よくないという点を否定して、老いは悪くないという論をとっています。この話の展開もどことなく、というか明らかにプラトンっぽい展開です。実際に論の展開だけでなく、宗教観がプラトンの影響が強いです。

もっとストア哲学的かと思っていたのですが、意外とそうでもなくプラトン的といった印象でした。

そしてめちゃくちゃ読みやすい...
posted by 山崎 真司 at 09:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 哲学、人生論

2011年07月18日

論理パラドクシカ

論理パラドクシカ 思考のワナに挑む93問
三浦 俊彦
二見書房
売り上げランキング: 216098



様々なパラドックスをまとめた本。パラドックス大全は哲学的なパラドックスをまとめた本ですが、こちらはパラドックスや風なものを集めています。

いささか著者の趣味に走っている感がありますが、そこがいいところです。回答となっているのも、回答というか、一つの指針といったところで、突込みどころがあるところもありますが(例えば二元論について語っているんだから、そりゃそうでしょう)、それも含めて考えるちゅどいいドリルになります。

この本は教科書じゃなくて、練習問題という本です。この本に述べられているように、パラドックスを解くというよりも、パラドックスを感じることが第一歩ということでしょう。

その点でも、パラドックス初心者や哲学初心者にオススメの一冊です。


ちなみに、こちらもオススメ

パラドックス大全
パラドックス大全
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ウィリアム・パウンドストーン
青土社
売り上げランキング: 33152

posted by 山崎 真司 at 17:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 哲学、人生論

2011年06月27日

言語とメタ言語

言語とメタ言語
言語とメタ言語
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R.ヤコブソン
勁草書房
売り上げランキング: 342066


原著は1980年初版といささか古い本です。それまでに各所での講演をピックアップした本なので、内容はさらに古いものがあります。そのため、無意識と言語、言語障害についての所はさすがに古すぎて歴史的な物の見方の参考にしかなりません。


それ以外の章もパースやサピアが偉大だったということと、パースやソシュールの思想がかいまみえるといったところで、歴史的な本としてでも見るべきでしょうか?

タイトルになっているメタ言語についても、残念ながらこの本からはあまり見るべきところがなく残念でした。

ヤコブソン自体は、記号論・言語学においての古典的な人と言えると思いますし、この人の主張は既に多くのところで織り込まれているということなんでしょうか。残念ながらそれほど読むべき本じゃない、って感想です。
posted by 山崎 真司 at 21:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 哲学、人生論

2011年04月21日

レトリックと人生

ジョージ・レイコフ、マーク・ジョンソン著
初版: 1986年3月(原著は1980年)
大修館書店 2300円(当時)

レトリックと人生
レトリックと人生
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ジョージ・レイコフ マーク・ジョンソン 渡部 昇一 楠瀬 淳三 下谷 和幸
大修館書店
売り上げランキング: 140410


”人生とは戦うこと”、”人生とは航海”など、人生については様々なメタファーが使われます。

こちらにいろいろな人生のメタファーがあります。


この本は認知言語学で知られるジョージ・レイコフと、マーク・ジョンソンが日常に溢れているメタファーを解説しています。例えば”インフレが私たちの生活水準を低下させる”、”今年の収入は落ちた”など様々な使われ方があります。


それでは私たちにとってメタファーというのは意味があるものでしょうか?実際に、メタファーは私たちの世界の認識にとって意味がありそうです。世界を見る時に、様々なメタファーを通じてみています。例えば”議論を戦いとして見る”、ことは”議論”を捉える上で、そして実際に議論においても大きな影響があります。

私たちは過去の様々なものをメタファーを通して経験とし、未来の様々なものをメタファーを通して予測することでメタファーの影響を受けています。このメタファーはそれぞれの人の共通認識というよりも個々人にあるわけで、この文脈依存的な相対主義とでもいうものがレイコフの主張するものです。

世界には客観的なものがあるという客観主義神話と、それぞれの人が別々の物の見方をして客観的なものはないという主観主義神話の双方が間違いであり、ある程度の共通認識としてのメタファーを経由して、それぞれの人が認知的な処理を通して世界を観ているといったことを主張しています。

前半の6,7割がメタファーの分類や分析といったかんじでおもしろくなかったのですが、後半からの哲学的な部分は非常に面白かったです。
posted by 山崎 真司 at 10:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 哲学、人生論

2011年04月08日

人性論

デビッド・ヒューム著
中公クラシックス 1550円(税別)
初版: 2010年7月(原著は1739〜1740年)

人性論 (中公クラシックス)
ヒューム
中央公論新社
売り上げランキング: 11635



この本はデビッド・ヒュームの”人性論”の抄訳です。岩波文庫から出ているのは入手困難でプレミアが付いている状態ですね…


私たちは推測する時にどのようにするのでしょうか?明日も太陽が東から出てくると思うのは何故でしょうか?

この答えとしては、私たちはそのように”推測”するのだが、これは繰り返し起こる”知覚”からの”想像”として捉えています。ガラス窓にボールを投げたときに”ガラスが割れた”のは、”ボールを投げた”からですが、この”ボールを投げた”行為と”ガラスが割れた”ことの間の因果関係自体を人は知ることができず、それまでの経験の延長として、そのように想像しているにすぎません。このように人の経験と想像が基板となっていますので、”ガラスが割れた”ことの原因として”ボールを投げた”ことを必然とすることは不可能なのです。


このような態度はこの現代の私たちにとって意味があることでしょうか?これはただの”哲学”であり、古い人たちや一部の変人が言葉をいじまわっているだけのものなんでしょうか?

私たちは様々な物事を見るとある種の判断を勝手にしてしまいます。こういった判断のベースになっている因果関係も必然ではなく、私たちの想像にすぎないとヒュームは主張します。このような事実に対しての謙虚な態度をこそ身につける必要があると思います。

posted by 山崎 真司 at 11:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 哲学、人生論

2010年12月31日

論理哲学論考

ウィトゲンシュタイン著
岩波文庫 700円(税別)
初版:2003年8月(原著は1933年の改訂版)


次に2010年の第2位です.すでに書いたのですが,イマヌエル・カントの”道徳形而上学原論”です.今年は”サンデルブーム”などもあり,倫理学に注目が集められましたが,この本は私が読んだ倫理学に関する本の中ではベストでした.







そして,2010年の第1位です.あまりにベタですが...ルードヴィヒ・ウィトゲンシュタインの論理哲学論考です.







一読すると,まず,そのスタイルに惹かれます.どれだけ影響を受けたことか^^;; この本については,そこに新しい知見があるとかいうタイプの本ではないです.むしろ,知識というよりも,スタイルと考え方に関する本です.

対象と像,命題について,思考について考察をしながら,我々と世界についての検討を深めていきます.スタイルとして論理思考(論理学?)が若干分かっていないと読みにくい部分が多いのですが,量自体は140ページ程度と多くなくこれ以上ないくらい分かりやすい構造をしているので,少しづつ読み進めていくことはできます.


論理哲学論考では,最後の”7.語りえぬものは,沈黙せねばならない”という言葉が有名ですが,そこに至る過程の一文づつを単なる結論へ導くための論理として読みのでなく,ウィトゲンシュタインの思考を追体験すること,そして自分の考えをまとめるための本,いわゆる”思考の焦点”として読む本だと思いました.

読了後,何度か読み返していますが,その度に世界や自分を振り返られる非常に新鮮な読書経験を味わうことができました.
posted by 山崎 真司 at 09:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 哲学、人生論

2010年11月30日

意識と本質

井筒俊彦著
岩波文庫
初版: 1991年8月(単行本は1983年)






東洋思想での,本質(存在)と言語の問題を語っている本です.ここでの東洋思想は,主にイスラム哲学と禅について述べています.この本のポイントとしては,西洋思想の言葉で語っているところでしょうか?東洋思想に慣れていない人にも分かりやすい言葉と論理で解説されているので,雰囲気をつかむことが出来ます.私はイスラム哲学については読んだことがなかったので,新鮮でした.

例えば,ガザーリー(西洋ではアルガゼル)は,(日常的な意味での)因果性自体を否定しており,例えばマッチの火が紙に燃え移るのは,マッチの火が紙を燃やしたのでなく,たまたま紙が燃えたとします.

マッチの火→紙の火

という因果でなく,この因果はたまたまで間に神の力があるとします.つまり,

マッチの火: 神の力→紙の火

という見方です.これは我々の生活のすべて,その一瞬間ごとに神の奇跡が宿っているといった考え方を導き出し,それによって機械的世界観による無神論を却下します.

一方,同じイスラム哲学でもアリストテレス哲学者であるアヴェロイスは,このような因果性に実在性を認めます.これは,存在するものには必ず原因があるという論理になります.

また,本質的な存在については,フウィーヤ(特殊的本質)とマーヒーヤ(一般的な本質)に分けて,存在に共通の本質があるのかどうかという問題になります.いわゆる個別の事物とイデア(物事の本質)との対比といったところでしょうか.


禅については,言葉にすることによってイメージが制限される,ということからの脱却を述べています.言語による意味の分節化によって,本質の認識が出来なくなるというのが禅の思想ということです.物をありのままに見ること,個別の事象を言語によって共通化しないで,物じたいを見るということが禅の道ということです.


イスラム哲学も禅も全くわからないので,きちんと読めているかわかりませんが,西洋哲学の言葉で書かれているので思ったより読みやすい本だし,興味深かったです.
posted by 山崎 真司 at 19:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 哲学、人生論