2013年02月05日
ラーメンと愛国
ラーメンを話の縦軸に、戦後の復興、田中角栄、バブル崩壊後の状況と日本の文化を切り取った本です。
愛国という言葉がありますが、ちょっとしたスパイスでしょうか。支那そばと言われていたものが、ラーメンに変わり。中国をイメージさせるなるとや赤に白のドンブリや赤白のノレンは、日本っぽい(気がする)作務衣や和風の俺言葉(あいだみつをみたいなもの。ラーメンポエム)に変わっていきます。
ラーメンの本というよりも、ラーメンから切り取った戦後史(の一つ)といった社会学っぽい本でした。著者の力量か、一気に読まされる良著でした。
2012年11月27日
アイデンティティ経済学
”レモン市場”で知られるノーベル経済学者のジョージ・アカロフと、その弟子で現在はデューク大学教授のレイチェル・クラントンが、アイデンティティという視点を経済に導入しようという本です。
ジョージ・アカロフの本は”アニマルスピリット”以来でしたが、このアイデンティティ経済学も前著と同様に、経済学の効用関数に入れるべき非合理的なもの(少なくとも以前の理論では)に関するものです。
人間が判断をする時の効用関数を、
効用関数f(x)= 従来の関数 + アイデンティティ関数
としましょう、というのが主な主張です。
非常にシンプルな主張ですが、たしかに説得力があります。例えば、海兵隊員が命をかけて戦場に向かうという時には、どのような判断をしていると考えればいいのでしょうか?
また、17歳の悪ぶった高校生がタバコを吸うことは合理的ではなさそうですが、このようなアイデンティティ関数を考慮して、不良グループの行動規範という効用を考えれば理解できます。
この本は本来は経済学の本ですが、理論はそれほど厳密ではありません。むしろ社会学の本を多く引用して、”語り”によってアイデンティティを浮き上がらせているという印象です。
「あるグループ内の行動規範(コード)が行動に影響を与えています」というと非常にシンプルな主張です。こういった視点はあまり持ってなかったので、行動のインセンティブ構造を理解する時に、グループの行動規範とイングループ・アウトグループということを考慮するということは参考になりました。逆に、この点さえ抑えておけば、本としては冗長かな、という気もします。
2012年10月16日
貧困の克服
経済学者であり、哲学者でもあるアマルティア・センの本です。ノーベル経済学賞を受賞しているので名前を知っている方もいるかもしれません。
センの本は長らく積んどくがあるのですが、より読みやすそうなこの新書から手をつけることにしました。この本は様々なところで語った講演録をまとめたものなのでとても読みやすいです。この本は経済学の本という面もありますが、むしろ「社会がどうあるか、どうあるべきか」を分かりやすく語ったものです。基本的には東アジアを見ながら、インドと東南アジアについて語っているという印象です。
論点としてはいくつかありますが、
1.(国の中で)最も貧しい人びとと、そうでない人びとの分裂
2.人間の権利の保証と公正
3.民主主義
1については、自由な社会では往々にして「最貧層」がおろそかになります。「最貧層」を救うためには多数決ではなく、倫理に基づかなければならないというのは分かるのではないでしょうか?
2については3の民主主義と深く結びついています。報道の自由や選挙制度が権利を保証して、公正な社会を作る基礎となります。
3については、東アジアの価値観はヨーロッパと違い”全体主義的である”ということが言われます。また、独裁的な政治形態のもとで、経済的に成功した国はたしかにあります。しかし、これらが民主主義を緩める(?)ことを正当化するわけではありません。
2012年10月12日
貧乏人の経済学
BOP(base of Pyramid)と呼ばれるような所得は低いが人口が最も多数を占める人たちについての経済学です。この手の本としては、ジェフリー・サックスの本や、ポール・コリアーの本などを読んだことがありましたが、この本が一番面白いです。
貧困問題というと、「世界にはあなたの**円で救える命があります...どどーん、と痩せた女の子の写真」で寄付を募るといったものや、「***(アフリカの国名)に学校を作りましょう...鉛筆をもった子供たちの教室風景」といった寄付プロジェクトがよくあります。これって意味あるんでしょうか?そもそも、最大の問題は何?(効果が高そうなものは?)
フェア・トレードといって「海外にもたくさんのお金を払うよ」みたいな製品がいろいろありますが、だいたいが労働集約的な商品(コーヒーのような農産物か内職で作るようなモノ)が多く、結局は低付加価値の商品を続けるインセンティブになるので適切ではなく、むしろ発展途上国の工業製品をフェアトレードすべきといった話もあります。
(僕はフェア・トレードのような貧困を固定化する方向の所得移転よりも、直接お金を払う寄付の方が適切だと思いますが...)
じゃあ、一体どうすればいいのでしょうか?
ジェフリー・サックスもスティグリッツもポール・コリアーも様々なことを言っていますが、実際のところどうなんでしょうか?
学校を作ったらそれで幸せになるのでしょうか?(→なんとなくなりそうな気がする)
世界銀行からお金が国に流れた場合に、役人が懐にいれないようにするにはどうすればいいのでしょうか?(→国のトップが懐に入れるのは防ぎにくそう大変そうだが、下級役人が懐に入れるのは防げそうな気がする)
有名な成功例のマイクロファイナンスには、具体的にどのような欠点があるのでしょうか?(→マイクロファイナンスが称揚されまくっているが、そんな宣伝を信じるほどウブじゃないです)
これらの問題に答えられる唯一の方法は実践です。この本はランダム化対照試行という手法で、2つの似たグループで条件を変えることで実践するというものです。
マラリアのある地域では蚊帳は無料で配るのと安くするのとどちらがいいでしょうか?
この答えは理論や議論の結果でなく、実際に試してみるのが一番です。どちらがより使われているか?しばらく経ってからまた買いに来るのか?こういったものをまとめたのが本書です。
つまり、この本は貧困問題の様々な側面について、「実際に実践してみた」ことと「実践しなかった」ことの比較についての本なのです。もちろん場合によって「条件を変えてみた」というのもあります。世の中には”確認しなきゃわからない”ことを思弁的に答えを出そうとする人もまだまだ多いですが、この本はかなり大規模に”確認してみた”結果をまとめたものなのです。
貧困問題に興味のない人も、行動経済学の大規模実験の本としても読むこともでき、とても刺激的な一冊だと思います。
トナカイキリンさんがこの本について書いた”NGワード「どっちもどっち」「なんとなく」”も読んでみて下さい。
2012年06月09日
愚行の世界史
この本は世界史の本ですが、タイトルの通り愚行の本です。ちなみに原題は march of follyとなっているので、愚行というとちょっと強すぎて、「馬鹿騒ぎの行列」といったニュアンスでしょうか?
トロイア戦争、ルネサンス期のローマ法王、アメリカ独立に対しての大英帝国、ベトナム戦争と様々な政治形態における愚行について書いています。一人の馬鹿な選択について書くのでなく、集団での愚行にフォーカスしています。私は単行本で読んだので430ページの二段組みとややボリュームがありますが、十分に読みやすい本です。ただ、この愚行ぶりにだんだんとテンションは落ちていきますが。
トロイの木馬が罠であることを知らせようとしたラオコーンを無視して、トロイの木馬を城門に引き入れたトロイア人。乱痴気騒ぎに明け暮れて、プロテスタントの下地を作った6人のローマ法王。アメリカの反応を読み違えた大英帝国の議会は、そもそも政治の専門家ではありませんでした。そして、ベトナム戦争は、北ベトナムの意図を完全に読み違え「より悪い」と「最悪」の選択をしないまま「最悪」になっていきました。
「すべての幸福な家庭はどれも似ているが、不幸な家庭はそれぞれの仕方で不幸である」
といいますが、この本を読むと不幸な家庭のレシピが確実に世界史には横たわっているようです。そして、その繰り返しに暗澹とした気持ちになってしまいます。
それにしても、高校時代に授業でやった世界史は何の役にも立ちませんが(イベント名がなんとなく頭に入ってる程度)、このように様々な視点から切り取った世界史は本当に面白いし、世界の味方を新しくしてくれますね。やはり、ある程度まとめたりといった整理をしたものを見ないといけない気がします。これだけ繰り返しがあることを見ると、さすがにパターンに気づきます:-)
2012年05月21日
ダメなものは、タメになる
フリン効果というのを知っていますか?これはIQを調べていると、IQを調べた時期が後になると徐々にIQが増えていくというものです。
そもそもIQの意味はなんなんだ、とか別のツッコミはあるものの、この本はこのフリン効果は「ダメなもの」によるのではないか、ということを述べています。
「最近の子供は外で遊ばないでゲームばっかりしてる」、「本も読まずにテレビばっかり見てる」
こんなことをよく聞くのではないでしょうか。もっとも、こんな最近の子供をDisってる人は、単に「よって自分はエライ」とでも言っている気がしますが...
この本では、ゲームやテレビといった「ダメなもの」が、昔よりも複雑になっており、それが現代人の認知能力を押し上げているのではないかということを述べています。
例えばドラマの筋は昔のドラマよりも、今のドラマの方が遥かに複雑です。これにはビデオの影響が大きそうです。昔のドラマは1回見れば終わりだったのですが、最近のドラマはDVDを売るためなのか、何度でも見るに足るものが増えました。昔、子供がコンバトラーVというアニメを見ているならば、単に見ればよかったのですが。最近の子供がケロロ軍曹を見るなら、ケロロ軍曹を十分に理解するためには膨大なアニメや暗喩を読み込まなければなりません。これは様々なドラマでも同様です。
もちろん、ネタバレサイトなどがインターネットにありますが、それでもそういったネタバレサイトを見ながらでないと解釈できない複雑な作品が増えたことは間違いないです。
また、昔のドラマである例えば”特攻野郎Aチーム”と、”24”では物語の筋の複雑さが違います。”24”や”ER”といったドラマは様々な線が絡み合っているので、十分に集中してしっかり見ないと筋が理解できません。
ゲームについても同様です。私が小学3年生の頃はゲームウォッチでドンキーコングをやっていましたが、同じく小学校3年生の甥っ子が”ドンキーコングリターンズ”をやっているのを見ると、同じゲームとは思えないほどに覚えなければいけないことや、複雑な操作を必要とされます。
これらが、現代人の認知能力を底上げしているというのがこの本の主張です。もちろん本を読まないでゲームだけしていればオッケー、というものではないですし、ゲームをたくさんしてもウメハラにはなれるかもしれませんがきっとアインシュタインにはなれません。しかし、この本の主張は私のゲーム感を90度くらい変えてくれるものでした。また、テレビ番組に与えるビデオの影響(すぐ見直せる)というものを再認識しました。たしかにビデオがない時代では、”ぱにぽにだっしゅ!”のようなコマ送りしないと楽しめない番組はありえなかったでしょうから。
これを読むことで、最近思っていたマニアしか楽しめないようなハイコンテクストな番組がどうして増えたかについて少し考えがまとまりました(要はソフト販売のために、何度も見る工夫をしてある、と)
2012年05月13日
地球の論点
Whole Earth Catalogという雑誌を出していたスチュアート・ブランドの環境問題に関する本です。昔からの環境保護主義者ということなので、イデオロギー的な、そして論理も何もないようものを想像していたのですが、全くそういうものではありません。むしろ、様々な本を紹介していくという、編集者的な本と捉えるのが妥当でしょうか。
主な論点は3つです。
1つめは都市化についてです。都市化、特にスラム化は様々な利点をもたらします。環境という面では都市は効率的ですが、スラムというのも実際にはかなり効率的ということです。これは面白い点です。都市が効率的というのは環境問題ではよく言われていますが、スラムも合理的に出来ていくというのが面白いです。経済学者が書きそうなネタですね。
2つめは原発です。(日本の事故以前の)最近の環境派は、基本的には原発賛成というのがトレンドです。ペブルベッドの小さな原発といったものを勧めるパターンが多いのですが、この本も同様です。この論点については現在とは状況が違うので、保留しておきましょう。
3つめは遺伝子組み換えです。私は基本的には遺伝子組み換え賛成派です。そして、著者も同様です。遺伝子組換えの長所・短所を考えると
長所
・効率的に食料生産が出来る。
・食料生産の際に、使用する農薬量を減らせる
短所
・印象が悪い
・遺伝子組換えによる影響を全ては予測できない
・遺伝子組換えを行う一部の企業に、種が独占される
といったところでしょうか。私は「効率的に食料生産が出来る」メリットが圧倒的と思っています。一方、短所としては一部の企業に種が独占されるという点を考えていましたが、この本を読むとそうではないことに気付かさせられます。一部の財団が支援して、発展途上国向けに、効率的な種子を作ったりしているです。一方、遺伝子組み換えによる影響を全ては予測できないという考え方や、宗教観から来る「印象が悪い」といった反対意見もあります。
保証できないからダメという考え方には多少の理解はできますが、一方で今飢えている人たちを目の前にして、「このボタンを押せば300万人を殺すが、代わりに(あるかないかわからない)遺伝子組換えの影響はなくなります」というボタンを押せるのかというと私にはとても押すことができません。
実は読む前は、昔ながらの環境保護主義者をイメージしていて、自分の主張と反対かと思っていたのですが、意外と同じタイプの人でした。しかし、自分の意見をゴリ押しするというよりも、様々な本を紹介していき、後はそれを読みましょう、といったスタイルだったのが好感がもてました。
塩の道
有名な民俗学者の宮本常一の本です。その名の通り、「塩」を中心として日本の伝統について述べています。いやー、塩という切り口でもいろいろ語れるのですね。
塩分を取るために山の人は塩をした魚を食べたが、塩が抜けないように煮るのでなく焼いて食べる、というのはいいとして。塩イワシを買うと、1日目は舐めるだけ、次の日は頭だけ食べるとか、次の日は胴体、そして尻尾と4日で食べるなんて初耳でした。
また輸送手段としての牛が意外と秀逸で、馬より細い道を行くことが出来、途中の草を食べながら行けるとか。また、商人が南部鉄を運んだ牛をそのまま売って帰るので南部牛があちこちにいたのではないかと述べています。
この本を読むと、昔の日本については知らないことだらけです。言われればそうかもね、とは思うものの全く考えもしたことがないことだらけなのが刺激的です。逆に、自分の昔についてのイメージがいかに、テレビの大河ドラマや時代劇といった薄っぺらい作り物の印象から来ているかということを自覚させられる本でした。
2012年04月19日
歴史を変えた気候大変動
邦題は何やら地球温暖化を暗示するようなタイトルですが、原題はThe little Ice Age(小氷河期)です。
この本は過去1000年のヨーロッパの気候と歴史についての本です。なぜヨーロッパかって?それはデータが多いからです。20年以上前ですが日本についても江戸時代以降くらいでは同様の内容の本を読んだ記憶がありますが、こちらの本はヨーロッパ全般の本なのでよりダイナミックです。
この本を読むと、当然のことながらヨーロッパは気候変動によって大きな影響を受けたことが分かります。グリーンランドへのノルウェー人の移住とその消失については聞いたことがありますが、この本ではその移住が鮮やかに描かれています。このエピソードが1章にあるため、一気に引きこまれました。この手の本はどちらかというと淡々となりがちなのですが、この”歴史を変えた気候大変動”では気候と民衆の生活史といった感じでかなり具体的に描かれています。
歴史は、水温の影響を受けるタラを追いかけたり、ジャガイモを食べようとするかどうかにかかっていたのです。穀物は寒さによっても、干ばつによっても収穫量は激減します。そして疲弊して体力が落ちた民衆は、ペストなどの伝染病に弱くなります。当然、伝染病や飢饉は戦争や政治体制に影響を与えます。
著者は慎重に「歴史は気候によって起こった」と言うことを避けていますが、この本を読むと気候が歴史に対して与えた大きな影響を知ることができます。”歴史の補助線”という言葉がよく似合う本だと思います。
ちなみに友人が発見したのですが、本書の表紙の絵はブリューゲルの「雪中の狩人」とありますが、実際には「戸籍調査」という絵で間違った絵が乗っているようです。原著も同様の間違いがあるようですが。
2012年04月09日
新ネットワーク思考
僕でも名前を知っているので、おそらく有名なアルバート・ラズロ・バラバシのスケールフリーネットワークの入門書です。
スケールフリーネットワークについては、たしかダンカンワッツの”スモールワールド”を読んだことがありましたが(正確には挫折した)、こちらの方が遥かに読みやすいです。スケールフリーネットワークやスモールワールドといったネットワークに興味のある方は是非読んでみてください。ちなみに個人的な趣味としては、歴史はべき乗則で動くや自己組織化と進化の論理も一緒に読むと面白いのではないかと思います。
