2008年11月20日

自閉症者が語る人間関係と性

グニラ・ガーランド著
東京書籍 1800円(税別)
初版: 2007年7月(原著は2004年)


タイトルの通り、自閉症者の友情や家族関係、セクシャリティについての本です。

これまで自閉症者と会ったことはないので、なんとなく読んで見たという本ですが。
そもそも、自分はたまたま偶然に何かが出来ているだけで、ちょっとしたバランスでいろんなことができなくなったり、認識できなくなる危険性をはらんでいるとおもっています。例えば人前で自慰をすることが社会的によくないということを認識していない人も世の中にはいますが、そういう人と自分は紙一重の差ではないでしょうか。このような危うさを感じながらこの本を読みました。


一方、自閉症者というのがどのような人達かは分かりませんが、そういう人達にとって他者と関わったり、またセクシャリティにどう向き合うか、という問題を、自分にとってもリアルな、そして実はオブラートにつつまれていない分ピュアな形で提示された気がします。具体的には、他人とどう向き合うか、セクシャリティとは何か、という問題を正面から考えることができました。

またそれを考えることで、自閉症者と違う社会的な暗黙の縛り(性による振る舞いの暗黙の期待?)を強く感じることになりました。


 

posted by 山崎 真司 at 21:36| Comment(1) | TrackBack(0) | 社会一般

愚者の道

中村うさぎ著
角川文庫 438円(税別)
初版: 2008年2月(単行本は2005年12月)


買い物の女王として知られる(元?)ライトノベル作家でエッセイストの中村うさぎのエッセイです。買い物依存症→ホストにハマる→美容整形→デリヘル体験といった経験をして、またゲイの旦那と結婚といった経験をしているらしいですが、それらを笑い飛ばすというよりも、その裏にある苦しさというのを書き綴ったものです。


ナルシシズムというのは、決して満たされることのない穴のあいたバケツに水を注ぐこと。そして水を注いでも満たされないのはバケツに穴があるせいでなく、自分に欠落があるのだと考え、さらに狂おしく水を注ぐ、ということだそうです。

このナルシシズム論というのは同意はできませんが、なかなか興味深かったです。


また、他者からの”赦し”という視点で、いわゆる承認欲求を捉えています。普通の人は、ここまで度を越した”赦し”への渇望はないでしょうが、女性故の苦しさでしょうか。


書いている多くのことに同意ができず、谷底に落ちてしまった感満載の独白の本でしたが、背景にある想いについては共感できることも多く自分も(そしておそらくほとんどの人が)崖っぷちにいるんだなぁ、と感じる本でした。

 
posted by 山崎 真司 at 21:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会一般

2008年10月22日

消費伝染病「アフルエンザ」 なぜそんなに「物」を買うのか

ジョン・デ・グラーフ他著
日本教文社 1905円(税別)
初版: 2004年11月

いわゆるアメリカの大量消費社会に対する警鐘の本です。読んでいると、ブランドなんか、いらないを若干思い出します。
要は「持続可能な生活ではない、過剰消費はダメでしょ?考え直しませんか」という一言で言うことができます。
モノを買う→モノが多い→広い家→労働が増える
といった”生活レベルを維持する”労働と、その背景にある大量消費(実際には消費じゃなくて購入ですが)は、果たして幸せになったのか、といった問いかけをしています。
いわゆる、「買い物が楽しい」、「ムダにショッピングモールに行く」といった私のような生活スタイルを改めて、「持つこと」でなく「知ること」や「信じること」に価値を置き、より持続可能な生活を目指す必要があります。
この「持つこと」の背景には刺激的生活を求めるということでしょうか。実際には刺激的生活でなく、社会に対して何かを行うことを重視しましょう、といったことがポイントでしょうか。


なんというか、とても私向き(病気なので)な本でした。


ちょっとしたリンク:

http://www.kyobunsha.co.jp/shopping/books/ISBN4-531-08141-2.html
こんな本です。メーカーさんのサイトですね。


他人の感想を読んで:

http://blog.livedoor.jp/takohan_takumi/archives/50877392.html
注意。この本は自分自身の消費行動にある程度の哲学を持っている人でないと理解できない内容になっています。一ヶ月に収入の10%以上の使途不明金がある方は、消費行動を考え直した上で読むことをおススメします。

哲学は要らないと思いますが(むしろ消費哲学持ってていいの?)、消費行動は考え直します。実際にはその表層でなく、「持つこと」から「知ること」や「信じること」へのシフトや、「買う行動」から「社会への行動」へのシフトが必要であると読みました。


http://kaichou0.blog8.fc2.com/blog-entry-29.html

人はどうして物をどんどん買ってしまうのかとか、アメリカのショッピング事情とか、それを放送した特集番組の内容などが書いてありました。自分にも当てはまる例などがあったりしてびっくりしたし。まさかアメリカはこれほどすごいのかと思いました。日本よりはすごいとは思ってたけれど。まだ、されっとしか読んでないですけど、これはぜひ読むべきだと思います。
すごく素直な感想でこの通りな本だと思います。他人事(「アメリカすごいよ!!」)という気持ちと、反省の気持ちと合い半ばしながら読む本といったところでしょうか。
posted by 山崎 真司 at 23:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会一般

2008年09月21日

ファッションの文化社会学

ジョアン・フィンケルシュタイン著
せりか書房 2400円(税別)
初版: 2007年9月(原書は1966年)

この本はファッション史でなく、ファッション論です。原題は”After a Fashion”です。”ファッションの向こうに”といった意味と、”どうにかこうにか”という慣用句のダブルミーニング(ひっかけ)となっています。
ファッション史は以前読んだことがあるんですが、ファッション論なんて初めてです。


というわけで、読んだ結果、思ったことです。ちなみに、これは書いてあることそのままではなくて、そこから考えたことも少しだけ含みます。よって書評ではないです。


私が読んだところで、装飾というのはファッションの一形態(表面)としては
・他人からの賞賛
・他人に対する優越感
・他人からの欲望や嫉妬されること
といったことを目的としています。

ちなみにファッションというのは
・広告イメージ(空想や理想)と服そのもの(現実)
・身体を隠しつつも、目立ちたい
・流行に乗るという同質化を図りながら、他人との差異化を図る
といった背反的なバランスを取るもので、このバランスを取るサイクルがファッションといえます。

また、記号としてファッションを見ると、ファッションは分かる人だけが分かるという記号体系です。これによって、ファッションはこの記号空間を共有しているかどうかを見分けたり、一方で同じ記号空間を共有していない人を排除するといったものとなります。
これは機能的には社会的なコミュニティ間の壁になると言えます。つまり、ファッションは、所属しているコミュニティ(=記号空間)を主張する言語である、といえます。そうやって考えると、”ファッションの向こうに”あるものは、ファッションとは、装飾や服装だけでなく、所属階級や喋り方やタバコの吸い方や聴く音楽も全て含んだものであるということでしょうか。
そういえば「服はなぜ音楽を必要とするのか?」といったタイトルの本がありましたが、このタイトルについては、自明ということになるでしょうか。


(ちなみに著者名のフィンケルシュタインを見ると、ダーマ&グレッグがどうにも頭に...)


他人の書評を読んで:

http://ueshin.blog60.fc2.com/blog-entry-830.html
これ、書評ではありませんが...
 私たちは自己満足がほしい存在である。賞賛や評価はなおさら与えてほしい。もしだれも与えてくれないとしても、ファッション雑誌が称賛し評価する服やファッションで着飾れば、私も評価され称賛された存在になれる。私は賞賛や評価を、ファッションという代替物で補給するのである。
 私たちはなぜこうも社会や世間から賞賛され、評価されなければならないのだろう。いったいだれが仕組んだんだろう。いったいだれが仕掛け人なのか。
賞賛が欲しいというのは、ファッションに限らないとは思いますが。ファッション自体は変化を求めるもので、これが無間地獄となります。この背景は、拡大を基本とする資本主義の呪縛なのでしょうか、変化を求める動物の性なのでしょうか。
この本によると、社会移動性が高まったために、
ファッションに誘惑されやすい人は「不安定な階級」、とりわけ経済的に自立する手段を奪われた女性たちだった。彼女たちがよりよいと思う人々のファッションやスタイルを模倣するのも、不安定な状況からぬけ出したいからだということになる。
ということです。


 

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2008年06月23日

戦術と指揮

松村劭著
PHP文庫 705円(税別)
初版: 2006年3月(元は1995年5月)

オペレーショナル・インテリジェンス 意思決定のための作戦情報理論を書いた松村氏の本です。サブタイトルが「命令の与え方・集団の動かし方」となっています。


この本のタイトルとサブタイトルから想像される内容は、戦略と戦術の差異や、ビジネスにおける指揮といったところでしょうか。


さて、本を読んだ感想ですが....「これ、ビジネス書としては読めない」といったところでしょうか。実際に軍隊の戦術レベル(作戦レベル?)の原則が、本の1/3位を占めていて、2/3くらいは、戦闘のシミュレーションです。昔流行ったゲームブックの戦争版といったところでしょうか?ただ、それぞれの局面での回答については松村氏が勝手に書いたもので、真実というよりも、松村氏の想いがぶつけられたものといった印象です。


ところどころでビジネスへの応用的な記述がありますが、取ってつけた感があります。


うーん、この本はビジネス書として読むよりも、シミュレーションゲームマニア向けの本なんでしょうか...


アンダーラインを引いたところを書くと、

命令について
・第一は、指針は指揮官みずからの責任・哲学において一方的に決定するものであるから、自分の個性に合わないことをのべないことである。
・第二は、形容詞、副詞をつかわないことである。これは参謀活動に、その解釈をめぐって混乱をきたす元凶になる。
・第三は、指針を決定するにあたって背景となった、指揮官の状況認識を、正確に説明することである。
(以下略)


およそ戦場において、いかに任務のためとはいえ、部下の危急を見すごした指揮官は二度と戦闘できない。つぎの戦闘から部下は積極的に行動しなくなる。見すてられる恐怖がつねにつきまとうからだ。同様に、部下の遺体も、大切にしなくてはならない。


ロンメルの言葉
「作戦はあくまで大胆なるべし、ただし、ばくちと大胆な作戦とは異なる。大胆な作戦とは、最悪の事態において対処できる予備をもつか、代替案があることである」

他人の書評を読んで:
http://namuraya.hp.infoseek.co.jp/dokusho70.html#0346
そもそも軍隊と企業では組織の形態が全く異なっているため、企業において本書に書かれてあることを実践するのは難しいと感じたのである。

このあたりは完全に同意です。


また、

軍隊といえば、私が入社した頃の社長が、印象深い話をしていたのを思い出した。その先代の社長は軍隊出身だったのだが、戦場では言われたことをいちいちメモをとる時間などなく、とにかく徹底して暗記しなければならなかったとのこと。そのせいか、とにかく記憶力がよく、部下が提出した数字などを部下以上によく覚えていたそうである。よく「忘れる為にメモを取る」というメモ術のことを耳にするが、忘れていいことはメモに残しておき、本当に必要なことはその場で覚えてしまうというのが真髄であろう。要は、覚えるべきこととメモにするべきことを、使い分けなければならないということである。
なるほど。この視点は参考になります。私は記憶力が悪い(昔は良かったと思う)ので、なんでもメモしまくるのですが、戦場と考えたら無理ですね...なるほど。


http://wallbreak.at.webry.info/200604/article_4.html


この一番、具体的な戦術の入門書ですが、
 類書がほとんどありません。
 シミュレーションは川の渡り方など非常に具体的です。
 そして、ここにも大原則がしっかりとありました。
 一問一答形式の後、
 実際の戦争の仮想シミュレーションになりますが、
 こちらはさらに情報量が多くなって、難問ぞろいという感じです。

たしかにその通りですが...純粋に戦闘にしか使えない気がします。昔のボードゲームのシミュレーションゲームのデザインには参考になるんでしょうが...


http://www.teamrenzan.com/archives/writer/alacarte/matsumuraphp.html

それは「罠と反撃の原則」である。時間と空間を使うのが戦いであるならば時間を使って罠(落とし穴や決壊用のダム)を使えば戦力が劣る場合でも敵を撃滅する事が出来る。時間と空間の戦いの場合、時間がより重要である。空間は後に奪回できるが時間は取り戻せない。しかし、罠を準備する事によって時間の貯蓄≠ェ可能となる。反撃の訓練を併せて行えば更に効果は上がるだろう。ただ、在庫が尽きればこの方法は使えない。
こちらの方のブログはいわゆるビジネス書系の方ではないのでしょうが。その分、この主張は面白いです。時間と空間の関係と、時間の方が大事というのは理解していますが、罠を使って時間を稼ぐというのは気づきませんでした。
また、こちらのブログでは、”戦術と指揮”で主張している戦術のエッセンスを分かりやすく解説しています。戦術好きは、是非ご一読を。


 

posted by 山崎 真司 at 00:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会一般

2008年06月03日

オペレーショナル・インテリジェンス 意思決定のための作戦情報理論

松村劭著
日本経済新聞社 1700円(税別)
初版: 2006年2月


ヒト・モノ・カネとか、ヒト・モノ・カネ・情報とかいいますが(個人的にはヒト・モノ・カネ・ジカンだと思ってます)、情報はこの中で最もコントロールしやすい割には一般的にはあまり考察されていないものではないでしょうか。


一般に情報というとインフォメーションでしょうか?日本語では、そのまま情報の方が通りがいいでしょうか。加工されていない生のものは、情報でなくデータというのが一般的だと思います。では、インテリジェンスとはなんでしょうか?どうやら、インテリジェンスというのは諜報や軍事といった文脈で使う言葉のようです。この本では、インフォメーションは生情報と、インテリジェンスは知識のような役に立つ情報というように定義してます。


この本の中のいくつかのポイントとしては、

・情報には「記録・伝達できるもの」と「記録・伝達できないもの」がある。
・現場の情報よりも権威のある間接的な情報を信じてしまう
・嫌な情報は聞きたくない

といったところでしょうか?例えば、現場にいる担当者の情報よりも、どこからか話を聞いてきた上司の情報を信じてしまったり、また現場の担当者が感じた”雰囲気”が明確でないという理由でその情報を取り上げなかったりといったことでしょうか。
蛇足かもしれませんが、ビリヤードをやっていると、ショット前に一瞬「これは外すかもしれない」という直感があることがあります。いつもと同じ手順で、フォームも正しいのに「外すかもしれない」という直感があるのです。「いや、いつも通りのフォームだし、このショットはイージーショットだ」など理性的に考えてこのままショットをすると、ほぼ外します。これなどは典型的な「記録・伝達できないもの」でしょうか。このような直感は意外と正しいのです。


また、ちょっと面白かったのは日本では「敵の出方」から動きを決めるという話です。いわゆる「柔よく剛を制す」と言いますが、これは相手に先を取らせてそこから対処をしていくという考え方です。そのことについて引用すると、

「うまい話はないか?」「隙間ビジネスの機会はどこか?」の発想は日本的なのに対し、欧米のビジネスマンの発想は、「自分のビジネス手法を受け入れさせるには、どこを突いてビジネス環境と競争相手を変化させるか?」と考えることに通じます。


ということです。よく言う、「先の先」や「後の先」といったどちらが先行するかという概念でなく、あくまでも「状況作り」をしてそこに相手を当てはめていくということでしょうか。


情報の話に戻りますと、個々の情報についてきちんと考えながら解釈を行うことは少なく、漠然と情報を扱ってしまうことがあります。また、その情報の出所を怪しいと直感的に分かっていながら、ついつい思考停止して精度の低い情報と精度の高い情報を同じように扱ってしまうことがあります。こういった思考停止することなく、情報を考えた上で使っていく、また曖昧な情報も明確な理由がないという理由で却下することなく合わせて使っていくことが必要なのでしょう。


http://bookguidebywingback.air-nifty.com/military/2006/07/post_9075.html

どんな手段で、どのようなことを意識するのか?そのインフォメーションをどのようなフィルターに通すのか?まさに作戦を立てるための理論であり、個人的には、ビジネスに生かすにはそのフローチャートは難しすぎるのでは?というのが正直なところ。それとも、1部上場企業はここまでやっているのだろうか。
いや、1部上場企業でもほとんどやってないと思いますが....というか、この本を読んで私はここまで”オペレーショナル・インテリジェンス”という体系としてそのまま学ぼうという意識がなかったです。そうやって考えると、作者の知識のインプットという点ではまだまだ甘い読みだったかもしれません。
 
 
posted by 山崎 真司 at 00:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会一般

2008年05月19日

普通の家族がいちばん怖い

岩村暢子著
新潮社 1500円(税別)
初版: 2007年10月

 

モンスターペアレンツ
最近の若い者は...
深夜のゲーセンで子供をほっといてゲームする両親

果たして、この原因はなんなのでしょうか?


女性の社会進出の結果、男女平等が進んだせい?
制限する性である父性が、(父親の)威厳と共に低下した?
核家族化により、家族の個人化が進んだから?


その原因については分かりませんが、現象はこの本から痛いほどよく分かります。この本は、クリスマスと正月の食生活や飾りつけなどを223世帯へリサーチ(アンケートと聞き取り)した結果をまとめたものです。

帯には、養老孟司氏「S.キングよりも怖かった」、上野千鶴子氏「『飽食』の現実に仰天」とありますが、まさにそんな感じです。ともかく真実の積み重ねが、これまでボンヤリ気づいていた現実を直視させられます。


プロローグからしてイカしてます。

「クリスマスが近づくと、窓辺にツリーやサンタ人形をたくさん飾ることにしている」
 こう語る主婦(44歳)がいる。サンタ人形が背負っている袋の中には、この家の子供たちが自分の欲しいものを書いた、サンタ宛の手紙が入っているそうだ。

素敵な話です。ちなみに子供の年齢は18歳と14歳だそうです...子供が本当に信じているかどうかはともかく、親が「子供が信じていて欲しい」と思っていることは間違っていません。


正月のおせち料理については、ちょろんと買ってきて子供に見せておくものと考えている母親が多いです。見せるというのは、「こういうものがあるんだ」と子供が感じてくれればオッケーで、かと言って食べさせるのは「強要になるからダメ」ということです。

クリスマス飾りや食事については「私が楽しい」、「私が楽」がキーワードになっているようです。


”お客様”と、「私は」視点というキーワードをしみじみ感じながら、この本の写真(元旦も普段通りに「うどん、パン、餡まん、おにぎり」の朝食等)を見ると、日本の将来と一方で(あるか分からない)自分の家庭に(暗澹たる)思いを馳せてしまいます。


他人の感想を読んで:

http://pub.ne.jp/sazanami22/?entry_id=1209683
いつまでもお客様でいたい気持ち、自分中心の価値観。そして真実を正面から見据える勇気がなく、ノリで繋がる家族の姿が透けて見える。
本当にノリで繋がる家族、という言葉が適切でしょうか。家族といっても他人である、とは理性では思っていますが、最終的には信じています、しかし、そういうものはとっくの昔に幻想になっているんですね。


http://mojopower.blog.so-net.ne.jp/2007-12-23

 PS.amazonのカスタマーレビューでは軒並み最低の評価です。
 彼らの意見も間違っているとは思いません。同じような感想は読み始めた時にボクも感じましたから。しかし、著者が社名を明確にしている以上、著者への批判がひいては会社への批判になりうるのは覚悟の上のはず。それでもあえてリスクを背負ってまでも導き出さねばならなかった結論だからこそ、恐ろしいのです。

amazonのカスタマーレビューは読んでませんでしたが。私も、この本は無理矢理、結論に持っていくような本ではないと思いました。まさに養老氏が書くようにスティーブン・キング的に怖さを示唆した本と思いました。


http://d.hatena.ne.jp/funarin/20080223/1203792043

読んでみて、「これはちょっと極端な例なのでは?」とここに登場する親たちの「やり方」に違和感を覚える一方で、自分も彼女たちと同じような「感覚」を確かに持っていると感じた。
しかし、同じような「感覚」を持っていても、同じような「行動」をするとは限らない。

なるほど。読みながら、実は同じ「感覚」については感じていました。うちの両親まではおせち料理を(家ではほとんど作らないですが)実家でみんなで作ってましたが、それ以降の世代ではおせち料理の作成にも加わらないし、それぞれについては一定の合理性を感じながら読んでいました。一方で、私はフナリンさんのように”同じような「行動」をするとは限らない”といえないところに、自分も含めた恐怖があるな、と感じました。


http://blog.tatsuru.com/2007/11/01_0936.php

こちらのページを読んで(って、内田樹先生のページですが)、岩村さんの他の本もとても読んでみたくなりました。
そして、

年収や学歴や特技など外形的・数値的なものしか記号的には役に立たない。
記号の条件は「誰が見てもすぐにそれとわかる」ということだからである。
「どこでも寝られる」とか「何でも食べられる」とか「誰ともすぐ友だちになれる」とか「相手の気持ちを配慮できる」というような資質は外形的には無徴候であるから、記号的には役に立たない。
だから、そのような能力の開発には現代の家族たちは誰も資源を投じない。
悲しい時代である。


相変わらず鋭い意見ですね(←私、何様)。なるほど、クリスマスの電飾については気になっていたのですが、電飾や「うちの子にはXXさせている」ということは外的なものへの資源配分ということなのですね...「モノより思い出」というのも、「やってあげた」ことと、「写真」という思い出をあげるということでしょうか。

posted by 山崎 真司 at 20:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会一般

2008年04月25日

世界最強の商社 イギリス東インド会社のコーポレートガバナンス

浜渦哲雄著
日本経済評論社 2200円(税別)
初版: 2001年7月


実は、インド会社の運営というのに興味があって読み始めました。そもそもインド会社ってのもイギリス東インド会社、イギリス西インド会社、オランダ東インド会社など、いろいろあったのですね...それすら知りませんでした。

ちなみにイギリス東インド会社(以下東インド会社)については、3つの視点で考えることができます。タイトルにもある”世界最強の商社”という視点、”世界最初期の株式会社”という視点、”イギリスのインド統治のインタフェイス”という視点。
”世界最強の商社”という視点では、イギリスの軍事力を背景にした商品供給能力ということで、あまり東インド会社の能力に依存したものではないのかな、と想像しています。何故”想像する”かというとこの本はあくまでも歴史の教科書的に書かれており、各事柄についての背景や原因についての考察が浅いです。
”世界最初期の株式会社”という視点では、この本を通じて、株式会社というものがどのようにして発展したかということが若干読み取ることができます。ただし、やはり”若干読み取る”ことができるだけです。ちなみに、東インド会社は、初期は、航海(船団)ごとに清算をしており、現在の株式会社のように永続的に続くものではありませんでした。このために、ある船団が海賊行為を行って他の船団に迷惑がかかることもあったそうです。その後、このようなことが起こらないように、永続的な会社になりました。
”イギリスのインド統治のインタフェイス”という視点では、会社が国を統治するという不自然さを感じますが、それはともかく会社として儲かる事業だと思っていたのですが。実際には軍事費などで、国の統治は赤字だったということが新鮮でした。もちろん、現在と違って(?現在も、国による?)いろいろと、賄賂や私貿易や密輸などで運営に携わっていた個人は儲けていたのでしょうが...


実はこの本を読みながら、歴史の教科書的な本をどう読むかということを考えていました先日読んだ”ドイツ参謀本部”もそうですが、この本も”こういうことがあった”ということのみが時代背景についての詳細などもなく書かれていて、どうやってこの知識を活かすのかということは読み手に任されています。読み手として、この本を”人生やビジネスに活かす”のか、純粋に”読む楽しみに浸る”のか、個人的には後者のような読みが正しい(少なくとも楽しい)歴史書への態度だと思います。どうでしょうか?

 
posted by 山崎 真司 at 21:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会一般

2008年04月06日

モテたい理由

赤坂真理著
講談社現代新書 720円(税別)
初版:2007年12月

内容:
サブタイトルは「男の受難・女の業」となっています。JJなどの女性誌から女性が「モテたい」心理を読み解いています。モテたい心理を、女性のファンタジーという視点と結婚という2つの側面から読んでいます。


感想:
新書サイズの本でこのタイトルなので、”現代の男女の生息”みたいな本かと思ってたのですが、内容は”結婚前の女性思考”といった本でしょうか。内容は女性向けで”いやいや、そうじゃないでしょ”という本だと思うのですが..微妙に誰向けか不明だな、と思いながら読んでました。

”帰国子女で、商社勤務のOL。彼はマスコミ勤務で年収1000万。でも、最近、ちょっとテレビに出てるミュージシャンと不倫中?”みたいな女性誌の特集的を茶化しながら、こういったセレブ的生活への憧れと、男性から見て”それはナイ”といったことを述べています。
ちなみに、この本で秀逸だと思ったのは7章”女という水物相場”で、逆にこの章以外はイマイチ。この章は女性の恋愛を恋愛→結婚→出産という演繹指向でなくて、(たとえば)出産から逆算するというような目的指向で考えましょう。そうしないと、仕事、恋人、子供といった全てを手に入れることは難しいですよ。でも全部を手に入れるのはそもそも難しいから、例えばお金のように自分でコントロールできるものを手に入れることをちゃんと考えましょう、といった主張でしょうか。
私は人生についてちゃんと深く考えたことありませんよ...


他人の書評を読んで:
http://dorablue.blog51.fc2.com/blog-entry-1943.html
著者は、取材のために女性誌をたくさん読む過程で、必ず周期的に鬱になってしまったそうだ。なんとなくわかる気がした。今の世の中に息苦しさを感じている女性にオススメ。

 
女性でないので推測ですが、実はこの本が女性誌の分析から現代を読み解いている形態を取っていながら完全に普遍的なことを述べている本だと思いながら読んでました。実際にはどうなんでしょうか?この本を読んでも息苦しさを解消できるか、重い性を背負いながら生きるしかないと開き直るしかないと感じるかは微妙じゃないかなー、と思います。


http://bookmark.tea-nifty.com/books/2008/01/akasaka_mari.html
あっ、この方も他の方の書評をベースに考えたりする方なんですね...しかも、私よりかなり読みやすい。

テーマは、これまでの赤坂真理の小説と同じく「生きにくさ」「閉塞感」なのです。モテはその原因のひとつとして取り上げられている素材(手段)であって、テーマ(目的)ではないのです。


「新書」というフォーマットにまどわされるのではなく、これは小説家赤坂真理の新しい「作品」だと思って読むべきですね。

個人的にはこの「生きにくさ」というのが感覚として理解できません。言われてみれば、そういう「生きにくさ」があるかもしれないことは理解もできます。ただ、この「閉塞感」はモテといった切り口から伝えられるのか、というのは疑問だと思いますが。


http://totoro.ws/blog/archives/2007/12/-1921.html

最終章では一転、急激に吐露にも読める自分の半生を重ね合わせた日米論、戦後論となる。
 
たぶん、この本を読んで、最終巻の違和感をみんなが感じるのではないでしょうか。僕は今でも、この章は蛇足だと思っているのですが...
posted by 山崎 真司 at 11:05| Comment(3) | TrackBack(0) | 社会一般

2008年02月20日

国際共通語の思想

L・L・ザメンホフ著・述 水野 義明編・訳
新泉社
初版:1997年6月

内容:
エスペラント語の創始者ザメンホフの1887年〜1913年の著書の序文、講演と論文をまとめたものです。


感想:
ザメンホフの本ですが、エスペラント語の推進や解説というよりも、国際語思想の解説といった本です。また、エスペラントが生まれた背景や、どうしてエスペラントのような国際語が必要なのかというのを、切々と唱えています。

民族紛争や戦争というもののうち言語の差異によって生まれるものを失くすためには国際語といったものが必要になる。そして、その国際語は、学習しやすく、現在のどこかの国が使っている言語でないこと、という条件といったことになります。実際に、エスペラント語の文法は単純で、その単語の変化もよく出来ており応用が効きそうな構造となっています。
エスペラント運動自体は、最近は以前よりも下火になっていますが、ザメンホフの大きさを感じた一冊でした。
 
posted by 山崎 真司 at 20:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会一般

2008年01月28日

MINDパフォーマンスHacks

Ron Hale-Evans著
オライリージャパン発行(オーム社発行) 2800円(税別)
初版: 2007年8月

内容:
同出版社の”MIND HACKS”の実践篇といった本で、サブタイトルが”脳と心のユーザーマニュアル”となってます。いわゆるTIPSと呼ばれるような小ネタが75個載ってます。章立てとしては
1章 記憶
2章 情報の処理
3章 想像力
4章 数学
5章 意思決定
6章 コミュニケーション
7章 明晰さ
8章 知性の健康
となっています。著者はMental Wikiを作っている人で、そのWikiのネタ等からこの本が出来たようです。著者はライター、思想家、ゲームデザイナーで、主にテクニカルライターで生計を立てているということです。

感想:
出版元のせいか、書店によってはコンピュータ書のところにありますが、心理学の本というか、ビジネス書というか、といった本です。ちなみに、この本ですが...”MIND HACKS”と間違えて買ってしまいました!(MIND HACKSを立ち読みして、買ったら違う本でした....うぐぅ)

読んで見た感想ですが...著者がコンピュータ関係に明るく、またボードゲームなどのデザイナーをしているということもあり、著者のフィーリングが似ているのか、著者の感覚が面白かったのですが、個々のTIPS(小ネタ)にはあんまり駄目だなー、というのも多々ありました。
非常に面白いと思ったのは

5章意志決定から
#49 ダイスを転がせ
マンネリになったら、サイコロやカードで決めましょう、ということです。読書の本決定などは実践してる人も多いと思います。仕事のやり方でも、こういうのアリですよね。いわゆるシミュレーティッドアニーリング(焼きなまし法)といったような、局所最適に落ち込まないためにするアルゴリズムでも行われると思います。

この本には、こういうゲーム的なものをいろんな思考に取り入れようというのと、試行の繰り返しで物事を上手くやろうといった背景があるように読めて、素敵な思想と思いました。

6章コミュニケーションから
#51 人工言語を学ぶ
思考は言語に縛られる(←かなり大雑把に言ってます)というサピア=ウォーフの仮説

を私は信じているのですが(ウォーフを昔読んで感動した記憶が..)、その点を踏まえて、エスペラント語やクリンゴン語(!!)を学んで、新しい思考方法を身につけよう、といったTIPSです。その発想が素敵です。


他人の書評を読んで:

http://web-tan.forum.impressrd.jp/e/2007/11/02/2027
 

「もちろん自分自身の最大パフォーマンスを上げておくのが一番大事なことなのだが、必要なときに自分自身のパフォーマンスを最大に発揮するために、こういう本をパラパラめくっておくことは、いつか役に立つかもしれない。」


微妙な書き方ですね...たしかにこれだっ、と膝を打つ本という感じではありません(計算方法やなどは小学生の時に覚えておきたかったですが)、ですが自分の思考パターンを疑うという点では奇妙なインパクトを与えられた本と思いました。ただし、著者の背景が私に似ているので、その点で親近感を感じているせいかもしれませんが。


http://blog.zikokeihatu.com/archives/001262.html


「個人的に印象深いのは「可分性をたしかめる」というHack。絶対昔は知ってたはずなのに、すっかり忘れてる数字もあった。悔しいなぁ。そして7の場合ははじめて知った。
ちなみにこんな感じのやつです。」

 

ですよね、この計算方法は気になりますよね...みんな悔しいと思ったりしたと思います。
 
 

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2008年01月07日

下流社会 第2章

三浦 展著
光文社 720円(税別)
初版: 2007年9月

内容:
”新たにわかった全国男性1万人の本音!”と銘うってありますが、様々なアンケートから現在の下流社会っぷりや、下流っぽい階層の人たちがどのように考えているかを説いています。


感想:
20〜24、25〜29..のように5歳刻みで、20歳から44歳までの人たちにアンケートを行って、それぞれがどういう階層に属していると思っているか、とかどういう雑誌を読んでる人たちがどう考えているかといったことをアンケートの分析から述べています。

正直、アンケートを(たぶんそれなりに)大規模に行っていてそこはいいのですが、それ以外のところは特に読むべきところがないといった感じでした。
正直、導き出されていた結果が凡庸というか、想定内といったところなのですが、これはアンケート結果なので仕方ないですよね...
うーーん。


他人の書評を読んで:
http://d.hatena.ne.jp/shutter-street/20070923/1190526828
「下流社会の人の本です。相変わらず統計上の分析については、「その数値でそんなことを断言しちゃっていいの?」という疑問が残るが、まあ、センセーショナルな本ではある。」
とまぁ、このあたりの感想が全く一致なのです。なんていうか、煽って本を売ろうってこと(かつそこがほとんど?)なの、とうがった読みを私はしてしまいました。


http://kuunerucinema.sl.lcomi.ne.jp/archives/article/14109.html
「この本の中で大変興味をひかれたのは「下流の自分探しを仕組んだビジネス」というタイトルの第4章。」
”自分探し”ですよね...たしかに本にはそのように書かれていたのですが、その分析がどこまでのものなんだろう、とも思ったりしました。自分探しに全然興味がないので、このタイトルもスルーしてたんでしょうか...


http://marcelproust.seesaa.net/article/56849844.html
「それでも一番ためになったのは、「下流ほど歳をとっても自分を探し続ける」という断章だった。年輩の知識人、文化人に、若者の自分探しブームを批判する人はたくさんいる。「自分なんて探しても見つからない」と彼らは言うが、私はそうした言葉にやや反感を持っていた。しかし、自分探しの反対は、自分を探していない状態ではないのだ。自分を探している状態の反対語は、自分が確立している状態なのだと、アンケートの分布図を見て気づいた。」
なるほど。自分探しってそういうことだったんですか...私自身は「自分なんて探しても見つからない」と思ってる(というか、興味すらない)わけなんですが、自分探しの対立はそういうものだったんですか...なるほど。


 

posted by 山崎 真司 at 23:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会一般

2007年12月26日

その数学が戦略を決める

イアン・エアーズ著
文藝春秋 1714円(税別)
初版: 2007年11月

内容:
統計経済学というのでしょうか?データと計算で意思決定を行う絶対計算の専門家の著者が、絶対計算のメリットを述べています。
ワインの価格は通常は樽を開けるまで分からなかったのですが、これを気温などで推測したり。映画のヒットを脚本に含まれる特定の要素から推測したりといった絶対計算の応用例を述べています。


感想:
本書のキーコンセプトですが、データ量の増加(HDDのデータ量がすごい勢いで増えている)とCPUパワーの飛躍的なアップにより、データから計算式を作れるようになった、ということでしょうか。

実際の中身はかなり平易に統計の基礎が書かれており、サンプリングやデータからの推定について書かれています。内容としては、データが大量にある分野では”絶対計算”を使うことで、専門家よりも、よい計算をすることができる、ということです。
また、絶対計算の結果として、理由が明確なホワイトボックス的な関数(計算式)や、経験を基にした判断でなく、理由は分からないけどとりあえず上手く計算ができるブラックボックス的な関数で評価することになるので、そこに反発があるということが書かれています。
ともかく、この本の主張であるデータの増大とCPUパワーの増大が引き起こす方向性や数学知識の重要性の増大ということは大事だな、と本当に強く感じました。


他人の書評を読んで:
http://blog.goo.ne.jp/eliesbook/e/cb0f3adb9de9e9e9e4351cacf6f11ed0
「一言でいえば、仮説立案だ。人間に残された一番重要なことは、頭
や直感を使って統計分析にどの変数を入れる/入れるべきでないか
推測することだ」

そうは言ってもCPUパワーはどんどん上がるから、全部ブラックボックス的に箱につっこんで分析しちゃえ、と思ったりしました。あと、個人的には、この本ではあまり述べられてませんが、シミュレーションの威力というのもあると思いました。ただ、大枠としては次元数が増えると、飛躍的に計算の複雑度が増える問題が多いので、どのデータを捨てるかは人間の役割としてあると思いますが...
そうは言っても、データがいっぱいあっても勝手にコンピュータが拾い上げて分析してくれるわけじゃないから、分析するという行為自体は必要だし。その分析のためのデータ収集(形を整える)ことは大事じゃないのかなぁ、と。


「人間は、予測の際に各種の要因にどれだけ重み付けすべきかを決め
るのがヘタだ」

本を読んでいた印象としては、たしかに直感的にはこれは言えると思いましたが、よくよく考えると数字として分析しやすい問題と、数字として分析しにくい問題があるんじゃないかな、と思いましたが、大事なセンテンスではありますね。普段、こんなこと意識してませんし。


http://onexone.sakura.ne.jp/archives/2007/12/17/
「最後の章で、「一般人も統計と数学の知識が必要になってくる」と書かれているが
これを読むと本当に勉強したくなってくる。
それくらいの説得力がある本だと思う。 」

たしかに...調子にのって、統計の本を読み始めてみました。実際、勉強するといろいろ出来そうですね。昔の上司もこういうの得意だったのですが、勉強してくと意外と簡単じゃん...みたいな。


http://kashino.exblog.jp/6512329
「この本は華々しいことばかり書きすぎで、都合の悪いことはほとんど書いていない。冒頭のワインの質を回帰分析したOrley Ashenfelterの話にしても、自分の大学の同僚だからなのか、いいことしか書いていないばかりか、「勘と経験」のRobert Parkerを揶揄さえしている。真実は、統計学者の間からも彼の統計的分析手法に批判がでていて、Orley Ashenfelterの式はたまたま1990年付近の予測があたっただけだというのが常識になっているのに。」

この本を批判的に読んでる書評はあまりなかったのですが、こちらの方が批判的に読んでいました。Orley Ashenfelterの式についての定説は知らなかったのですが、少しのんきに読みすぎていた部分があったとは思いました。
 
posted by 山崎 真司 at 22:48| Comment(0) | TrackBack(1) | 社会一般

2007年12月22日

冷戦を越えて

ロバート・S・マクナマラ著
早川書房 1456円(税別)
初版: 1990年6月

内容:
いろいろな点で攻撃を受けやすいですが、それでも頭脳の優秀さについては多くの人が書いているロバート・マクナマラがソ連の崩壊直前に書いた本です。ちなみに1989年に原著が出版されてますが、出版後の1989年11月にベルリンの壁崩壊(東ドイツが旅行の自由化)、1989年12月にマルタの米ソ首脳会談で「東西冷戦の終結」宣言をしています。そして、1991年にソ連が崩壊しています。この冷戦終了の直前に書かれた本となります。

ちなみに、著者のマクナマラですが、ご存知のように44歳でフォードの社長、45歳から国防長官になりベトナム戦争時代の国防長官、その後に世界銀行の総裁を13年続けたという経歴です、一般的には典型的な理論家としてみられています


感想:
本としては、冷戦がどうして起こったか、冷戦中の構造、ゴルバチョフの動き、今後どうすべきか、ということをマクナマラが分析しています。さすがに元国防長官だけあって、ニュートラルであり、かつ様々な情報から分析しているという感じです。

元々はマクナマラの分析に興味があって読んだのですが、読み始めるとゴルバチョフのすごさを感じざるを得ないし、読んでいてそこばかり考えてしまいました。20世紀の世界に一番影響を与えた人間は、間違いなくヒトラーとなりますが、二番目はゴルバチョフになるでしょうか。僕が小さい頃に持っていたソ連のイメージが今は全くありませんから...
本の数年で世界の構造を変えてしまったというのは本当に恐ろしいほどのすごさといえるでしょう。もちろん、そこに行き着くまでにソ連の状況というのがあったのですが、それを抜本的に変えてしまうというビジョンや実行力は、想像もつかないくらいです。


他人の書評を読んで:
古い本すぎたのか、ググっても書評が見つかりませんでした... orz まぁ、この本については出版されて1,2年後にはソ連自体がなくなっているし、現在に冷戦について深く考察してもあまり意味はないので、こういう本を読む人も少ないでしょうし...絶版っぽいですし....

 
posted by 山崎 真司 at 23:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会一般

2007年11月11日

失敗学実践講義

畑村 洋太郎著
講談社 1600円(税別)
初版: 2006年10月

内容:
サブタイトルは「だから失敗は繰り返される」となっています。失敗から何を学ぶかということをテーマに、実際に起こった9つの事例を元にそれぞれの背景や原因などを記述しています。

とりあげられている事例は以下の9つです。全てが大きな事故であり、かつ新しいものが取り上げられています。

1.六本木ヒルズの回転ドア事故
2.JALのトラブル
3.JR福知山線事故
4.金融システムの失敗(みずほ銀行の合併と東京証券取引所のシステムトラブル)
5.三菱自動車のリコール隠し
6.2002〜2003年に頻発していた工場火災
7.JCOの臨界事故
8.H2Aロケットの打ち上げ失敗
9.JR羽越線脱線事故


感想:
これまで気になっていたのですが、畑村氏の著書というのは初めて読みます。テレビや雑誌の記事などでは「失敗学」というのは知っていたのですが、まとまったものを読んだのは初めてです。

失敗についてそれぞれを、背景や原因にとどまらず、また制限をかけずに分析しており、とても参考になりました。また、同時に日常の安全に潜んでいる危うさ(基本的に安全と思っていることの危うさ)を感じました。
読んでて思ったことやポイントは

・「制御安全」と「本質安全」
「制御安全」は安全になるシステム(緊急停止装置などのような)を組み合わせて、結果的に安全にする。「本質安全」はモノ自体が安全。品質管理でいう従来式の品質管理とシックスシグマかと一瞬思ったのですが、実際には製品の”安全管理”での指向なので概念的にはだいぶ違いますね。


・人の注意力には限りがある
小さなトラブルがあると、マスコミや上司などが細かい部分への指摘をがんがんして本質的な部分への注意が薄れてしまう。根本的な安全対策への対応などへの指摘が行われることは一般的に少なく、瑣末的な部分の指摘が増える。

マニュアルがどんどん分厚くなっていき、最後には誰もマニュアルを読まなくなっていったり。チェックリストがどんどん増えていって、最後に形骸化していくのも同様の流れ。外野の完璧主義者(他人に対して完璧を求める人)が特定多数に対して”あるべき論”で押し付けているうちに、本質の知識の伝承が消えるのが悪い?


・今後の事故は、利便性を求めたときに起こるものが大半になる
例えば、毎日必ず10時に届けるトラック、とかタイムスケジュールを必ず守る電車のようなものがあった際に、利用者が遅刻してもスケジュールを守ろうとするなら、必ず無理が起こります。こういったことが、安全という本質よりも、その場の”締め切り”のような分かりやすいプレッシャーに負けてしまって事故が起こっていきます。


・システムの統合というのはマイナスからのスタート
システムをゼロから作るのがゼロからスタートだとすれば、統合というのは負の資産を伴うマイナスからのスタートとなります。「従来の延長でいい」という選択をするとコストも抑えられる「システム統合」となりがちです。

たしかに”再利用”という言葉は素人の人にはとても分かりやすいし、エンジニアじゃない人が「なぜ再利用しないの?」という質問に対して、設計の複雑さを説明しても相手が理解できないかもしれませんね...そして、経営層は、株主という大衆に対しての説明責任を負っているので、”再利用”して”統合”しそうです。


・品質保証の部署はやればやるほどコスト増につながる
品質を求めれば求めるほどコストが上がる。一方で安全に対する品質はユーザには分からないので削られる方向に。安全性というのは「そんなの企業努力でなんとかしろ」という程度の認識しかないため。結局、何かあったら「だから駄目」というだけでオッケーなのと、安全に関する品質などを評価する手段が消費者にないというのが背景だからでしょうか。


・相似則の落とし穴
10のサイズで上手くいった場合、そのまま大きくして100にしても上手くいくと思われるが、100のサイズにすると表面積は100倍でも、体積は1000倍になる。
ということは強度の設計や熱設計については全く違うものになる。

 
posted by 山崎 真司 at 08:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会一般

2007年10月24日

マイ・アメリカン・ジャーニー 統合参謀本部議長時代編

コリン・パウエル、ジョゼフ・パーシコ著
角川書店 743円(税別)
初版: 文庫版 2001年3月

内容:
湾岸戦争時に統合参謀本部議長であり、元国務長官であるコリン・パウエルの自伝です。パウエルがブッシュ政権で統合参謀本部議長、そしてクリントン政権になって引退するまで(その後、息子のブッシュ政権で国務長官に復帰しましたが)の自伝です。イラクのクウェート侵攻への対応がこの時代での最大の事件となります。他にも軍縮や、13項からなるパウエルのルールが記載されています。


感想:
元々は戦争時の意志決定というものに興味があって読み始めたのですが...自伝としても面白いです。また、アメリカンドリームの本としても読めます。3分冊ですが、やはりこの巻が一番楽しめ、また興味深かったです。

気になったところとしては、

・ブッシュ政権のイメージがかなり変わった
経済にも疎いのですが、政治なんて全く興味がない位の勢いです。ですから断片的な情報からのイメージしか持っていなかったのですが、これを読んで相当イメージが変わりました。やはり断片的やマスコミなどからの印象で判断しては危険ですね...もちろん、パウエルがブッシュ寄りであることはあるのですが、それでも長短それぞれについて分かってませんでした。やはり、断片情報だけで判断するのは危険ですね...

・戦争においては勝利条件や終戦条件を明確にすることが大事
クラウゼヴィッツとか読んだことはないのですが...勝利条件や終戦条件を明確にしておき、その到達可能性や期間を明確にしないといけないということでしょうか。そして、そのためのリソースとコストを明確に試算するということが大事でしょうか。もちろん、これは戦争以外でも全く同様です...

・パウエルのルール
13項ありますが...なんか、フランクリンの13徳思い出しますね。そんだけですが..

 
posted by 山崎 真司 at 00:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会一般

2007年09月25日

マイ・アメリカン・ジャーニー 少年・軍人時代編

コリン・パウエル、ジョゼフ・パーシコ著 
角川書店 743円(税別)
初版: 文庫版 2001年3月

内容:
湾岸戦争時に統合参謀本部議長であり、元国務長官であるコリン・パウエルの自伝です。単行本版では1冊ですが、文庫では3分冊になっています。
ハーレムで生まれたパウエルが、大学と、予備役将校訓練隊を経て、陸軍で出世していく自伝です。


感想:
元々、軍隊での判断というものに興味があって読んでみたのですが...面白いです。ベトナム戦争についても全く理解してませんでしたし、軍隊が平時にどういうことをするか全然分かってませんでしたし、またパウエルの思想というのが伺えて、本当に端から端まで読み応えがあるといった感じでしょうか。

また、自伝というのはこれまでほとんど読んだことがなく(ベンジャミン・フランクリンの自伝くらい)、どのような距離感で自伝を読めばいいのかというのを探りながら読んでいたのですが、途中から話に引き込まれていってあまり気にならなくなりました。これは、パウエルの経歴から見れば分かるように、本当にサクセスストーリーであり、痛快な小説的にすんなり(違和感なく)感情移入をしながら読めたせいでしょうか。
また、これを読んでいて、次はマクナマラの回顧録を読みたくなりました。
 
posted by 山崎 真司 at 21:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会一般

2007年06月28日

いじめの構造

森口 朗著
新潮新書 680円(税別)
初版: 2007年6月20日


内容:
前半部では、いじめについて、いわゆる構造主義的な分析をしています。”スクールカースト”という校内での人気度や影響度のような概念と、それを使った”修正藤田モデル”というモデルでいじめについていくつかのパターンに分けています。

そして、「いじめを見て見ぬふりをするものも加害者である」、「いじめを根絶しなければならない」という言説について、それぞれの間違いを説明です。

・「いじめを見て見ぬふりをするものも加害者である」
これは「いじめを止めさせる義務を教員や教育委員会から、各生徒に移すということである」ということです。たしかにその通りです。

・「いじめを根絶しなければならない」
このこと自体は最終目標としてはアリなんですが、これを掲げてしまうことで、いじめを隠蔽してしまうという圧力が学校や教師にかかります。結局、「いじめを根絶しなければならない」というのを目標としてしまい。そのための方策については、”個別の学校の判断に任せる→教師個々の判断に任せる”という上意下達のみで終わってしまうということにつながります。むしろ、「根絶するために〜〜する」ということにフォーカスしないといけないといったことです。


また、この中では「いじめ」という言葉の下で、暴力などの”犯罪行為”が学校内で行われると「いじめ」という言葉で隠されてしまい”犯罪”を許してしまう、ということも述べられています。


読んだ感想:
いじめについて理想論的に「いじめはなくさなければならない」と漠然と思っていました。また一方で「いじめは許さないという主張を繰り返すことでいじめは根絶できる」といった言説に非常な違和感を感じていたので、この本を読んでみたのですが。

いじめということに対して深い理解もしていなかったし、また、いじめを根絶するために何が足りないかということもある程度理解することができたかと思います。ただし、一人の著者のモノだけ読んでいても偏っていますので、別の分野の人たちの”いじめ本”も読んでみようと思いました。


また、”いじめ”についての内容だけでなく、問題分析の一部に構造主義的アプローチをとっているというのも理系な私には楽しかったです。


 

posted by 山崎 真司 at 23:27| Comment(0) | TrackBack(1) | 社会一般

2007年06月24日

中流の復興

小田 実著
NHK出版 740円(税別)
初版: 2007年6月11日

内容:
章ごとにバラツキがありますが..以下のような内容かと
1.戦争を捨てよう、憲法9条超サイコー! 日本や韓国のような平和な国が対アメリカというような軸で平和を作っていくべき?
2.教育改革をしよう!大学は無料にしてみよう。人生は競争じゃないんだから、ゆとり教育でまっすぐGo!まずは6:3:3から6:4:4に移行(旧教育制度は14年制だったとのこと)
3.中流が社会を作る。平和産業で、世界中をほどほどの豊かさへ。
4.これらの全ては、各市民が声をあげることで行っていこう。

といったところかと思いました。読みが甘いかもしれない理由は、下の感想のためです。

読んだ感想:
あれ?この本は朝日新聞系の出版社かと思ったのですが、NHK出版なんですね。よく覚えてませんが、朝日新聞の書評を斜め読みして読んでみようと思ったのですが...途中から読了するのが苦痛になってきました X_X)

ちなみに小田 実って人は知らなかったのですが、”ベトナムに平和を!市民連合”(通称ベ平連)ということをやっていた方で、一応文学者ということみたいです。

最初の方である憲法9条については大枠、同意です。が...

「自らの資質を開花させる潜在力と可能性と権利を持って生まれた人間は、学習と教育を通して、ヒューマニズムに基づく批判的精神を培い、大勢に流されず、自分の頭で考え、社会に責任をもてる個性的な人間として成長していく」

のような、論理がおかしい文章が連発してたり、

・日本と韓国のような国が平和国家として世界を牽引していくべき(ちなみに小田氏の奥さんは韓国人)
・西洋では哲学をやった人間なんかが就職するけど、日本では工学とか法学部・経済学部なんかを出た人間が就職する。それが世界の常識と思ったら間違い(ちなみに小田氏は哲学をやってたらしい)
・社会主義の国ですばらしい人、すばらしい人格の人に会ったことがない(ただし反体制の人は別)、そして資本主義を謳歌している人でもそういう人には会ったことがない(ちなみに小田氏は反体制側)
等々の自己肯定が延々と続いていて、げっそりといった感じです。


世代の差ですか?思想的な問題ですか?


私としては、市民運動でボトムから変えていきましょう、憲法9条はいい憲法なのでこれを守っていきましょう、という話で、そこを軸にそれだけ話していればいいかな、と思ったしその部分には共感したのですが。

途中から小田氏の自己肯定や自慢話と、そして論理が斜めにネジれながら話が進んでいくところが鼻について読み進める気力を絞るのに必死でした。

たぶん、反ベトナムな世代の方が読めばもうちょっと楽しめるのでしょうが....論理のネジれに気持ちが萎えてしまって...
posted by 山崎 真司 at 23:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会一般