2011年09月25日

デカルト的省察

デカルト的省察 (岩波文庫)
フッサール
岩波書店
売り上げランキング: 130000


タイトル通りのデカルト的省察です。デカルトの”省察”と同じ問題意識、つまり”形而上学における疑い得ない基礎づけを作る”というものを、別の現象学的アプローチで行なっています。

デカルトはこの問題にたいして、”我思うゆえに我あり”という我自身は疑い得ない、というアプローチで解決していきます。ただし、デカルトの省察では、第一原因としての神というものが基礎づけにあるという問題があるので、実際に問題を解決しているのかというと疑問が残ります。

フッサールのデカルト的省察は、この基礎付けを、私自身の実在、対象の実在は分からないが私(志向するもの)と対象(志向される物)との関係(現象)は疑い得ない、ということから基礎づけます。

また、世界の客観性については、私(エゴ)と他者にとってのエゴ(アルター・エゴ)から語ります。自分と対象との間の現象があり、また、それぞれの他我(アルター・エゴ)と対象の間の現象をあわせることによって、対象の客観性を担保するというストーリーです。

内容や基礎付けには納得感があるので面白かったのですが、非常に読み難い本でした ><)
posted by 山崎 真司 at 08:39| Comment(5) | TrackBack(0) | 哲学、人生論
この記事へのコメント
デカルトって、時代性からか、神を突き放したくてもできないグズグズ感があって、それがデカルトの面白味のひとつかもって思ったります。
Posted by ふぃぶら at 2011年09月25日 09:13
こんにちは、興味がそそられる話題でしたのでコメントします。

『デカルト的省察』読まれたんですね。

フッサールの試みは要するに、
先入観なしに物事を見つめるための方法論を
提案しようとしたことだと思っています。

Posted by 有沢翔治 at 2011年09月25日 11:50
ふぃぶらさん:
ありがとうございますー。なるほどー、神を手放せないグズグズ感ですかー (^^;; 神を手放せてないあたりが、省察が(現代人に?僕の周りだけ?)不人気な理由と思ってましたが、逆にそれが魅力というのは面白い視点ですー...とりあえず、「デカルト的省察」を読んで思ったのは、「あれ?省察をいろいろ覚えてないなー」ってとことです。また読み直さないと...

有沢さん:
初フッサールでしたー。

そうですねー、この問題意識はまさにデカルトと同じですよねー。形而上学の基礎付けはやはり面白いですねー。世界を改めて作る(考える?)というのはなかなか自分ではできないことなので、こういう刺激をしてくれる本は素敵でした。
Posted by 山崎真司 at 2011年09月25日 13:00
哲学の古典はあまり読んでいないので、こうしてまとめて頂けるとありがたいです(^^;

今思えば、ニーチェの次に何を思ったかヴィトゲンシュタインに手を伸ばしたのが間違いだったような……。
デカルトさえ未読なので、そのうち順次読もうと思います。。
Posted by mmondrop at 2011年09月25日 16:51
おほめいただきありがとうございます。ニーチェの後にヴィトゲンシュタインですか^^;; 方向性はありだと思います。あれ?なしかな??

ヴィトゲンシュタインとか言語哲学って、古き良き哲学(?)とは違う方向ですもんねー。

この本は面白いのですが、かなり読みづらかったので愛すべき難敵といった本だと思います。あ、でもかなり長い割に言っていることが短い気がしました。100ページで書けそう(ヴィトゲンシュタインなら30ページくらいで)。
Posted by 山崎真司 at 2011年09月25日 20:49
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