2011年09月10日

聖なるもの

聖なるもの (岩波文庫)
オットー
岩波書店
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はじめて読んだ神学の本です。神学といっても、この本はヌミノーゼという語りえぬ聖なるもの、畏怖すべきものを軸に語っています。このヌミノーゼは、宗教などの根源にある畏怖すべき、荘厳なアレです。富士山の上で雲海を見たり、山奥の神社で早朝に感じるあの感覚がヌミノーゼなのかな、と思いますが..

前半部分は、この分節化されえないヌミノーゼを、「これじゃないけど、こんな感じ」というものをいろいろとあげていくことで述べていきます。文化人類学とか、比較社会学でありそうなパターンの展開なので、分かりやすいですね。

そして、このヌミノーゼを語った(厳密には、ヌミノーゼの近辺を語った)あとは、このヌミノーゼがどういうものであるかを元にキリスト教の歴史を語っています。

初期の宗教(キリスト教だけど)には、このヌミノーゼが多くあるが、宗教の発展と共に、教義の確立し、また宗教が道徳化していきます。教義の確立は言語化の行為であり、それはヌミノーゼを非ヌミノーゼへと、変容させていきます。このヌミノーゼが減っていき(隠れたものになりながら)、合理性と道徳性を得ていくのが宗教の発展と言えます。もちろん、宗教である以上、完全に合理的なものとはなりえず、必ずヌミノーゼや非合理性を内包する必要はありますが。


また、このヌミノーゼやオットーの宗教観はカント的な概念の延長ともいえます。ヌミノーゼは悟性ではわからないアプリオリなものでもあります。つまりアプリオリな宗教経験と言い換えることができます。また、オットーは初期のキリスト教と現代のキリスト教は同一のものか、という話を救済の合目的性という点から述べています。これは判断力批判のフレームワークです。

他にも、音楽の話、ゲーテの話、と出てきていかにもドイツ的な本ではありますが、神学の本といえど意外と読みやすかったという印象です。

もっとも初見はよくわからなくて、まとめながら読みなおしてようやくなんとなく分かったということなんですが...
posted by 山崎 真司 at 18:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 哲学、人生論
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