2011年07月24日

ホモ・ルーデンス

ホモ・ルーデンス (中公文庫)
ホイジンガ
中央公論新社
売り上げランキング: 35291



”中世の秋”もそうですが、この”ホモ・ルーデンス”も非常に秀逸なタイトルで、タイトルを聞くだけで読みたくさせる本です。実際に、このタイトルから期待していたような本ではありませんでしたが、読みながら”遊び”ってなんだろうと考えさせられます。

この本はデュルケムやモースに続くような本で、様々な時代・地域での”遊び”について語りながら、”遊び”とは何かを明らかにしています。こういった様々な事例を出しながら、1つのことを語るという重厚長大な本というのは西洋独特な印象があります。なぜか、日本の本は、サラっとポイントだけ述べて終わってしまう本が多いと思います。ジャレド・ダイアモンドの”銃・病原菌・鉄”は梅棹忠夫の”文明の生態史観”と同じモチーフの本だと思いますが、ダイアモンドの方が非常に多面的で詳細な論をしています。


ちなみに、このホモ・ルーデンスの中での”遊び”のポイントは

・反復性
・遊びには場がある(時間的・空間的に限られた中で行われる)

ということです。他人とのゲーム(チェスやトランプ)にしろ、演劇にしろ、それが行われる場があり、ある種の反復性があります。また、”遊び”は何かのために行うものでない(定言的)という特徴もあります。

食事を食べるために行う労働や家事、家を建てるために木を切りに行く、といったことではなく、より内発的な動機によって”遊び”は行われます。むしろ、”遊び”は遊び自身のために行われるものと定義することができるかもしれません。


ちなみにホモ・ルーデンスの中ではそこまで明確に遊びを定義しているわけではないので意外とアバウトなところもあります。そのため、「あれ?それ遊びに含むの??」というところもあるかもしれません。ただし、そもそも”遊び”というものは演繹的に定義できるものではないし、”遊び”にまつわる様々な考察から、”遊び”とその周辺について考えを深めていくことがこの本の射程なんだと思います。


なお、著者のホイジンガは”中世の秋”で知られる歴史学者ですが、非常に引き出しが多いため、この本では東洋と西洋、古代から現代と様々な例が縦横無尽に繰り出されます。これが例が恣意的という印象もあるかもしれませんが、むしろホイジンガの引き出しの広さには心うたれるのではないでしょうか?

posted by 山崎 真司 at 21:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会一般
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/46935045
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック