2007年06月28日

いじめの構造

森口 朗著
新潮新書 680円(税別)
初版: 2007年6月20日


内容:
前半部では、いじめについて、いわゆる構造主義的な分析をしています。”スクールカースト”という校内での人気度や影響度のような概念と、それを使った”修正藤田モデル”というモデルでいじめについていくつかのパターンに分けています。

そして、「いじめを見て見ぬふりをするものも加害者である」、「いじめを根絶しなければならない」という言説について、それぞれの間違いを説明です。

・「いじめを見て見ぬふりをするものも加害者である」
これは「いじめを止めさせる義務を教員や教育委員会から、各生徒に移すということである」ということです。たしかにその通りです。

・「いじめを根絶しなければならない」
このこと自体は最終目標としてはアリなんですが、これを掲げてしまうことで、いじめを隠蔽してしまうという圧力が学校や教師にかかります。結局、「いじめを根絶しなければならない」というのを目標としてしまい。そのための方策については、”個別の学校の判断に任せる→教師個々の判断に任せる”という上意下達のみで終わってしまうということにつながります。むしろ、「根絶するために〜〜する」ということにフォーカスしないといけないといったことです。


また、この中では「いじめ」という言葉の下で、暴力などの”犯罪行為”が学校内で行われると「いじめ」という言葉で隠されてしまい”犯罪”を許してしまう、ということも述べられています。


読んだ感想:
いじめについて理想論的に「いじめはなくさなければならない」と漠然と思っていました。また一方で「いじめは許さないという主張を繰り返すことでいじめは根絶できる」といった言説に非常な違和感を感じていたので、この本を読んでみたのですが。

いじめということに対して深い理解もしていなかったし、また、いじめを根絶するために何が足りないかということもある程度理解することができたかと思います。ただし、一人の著者のモノだけ読んでいても偏っていますので、別の分野の人たちの”いじめ本”も読んでみようと思いました。


また、”いじめ”についての内容だけでなく、問題分析の一部に構造主義的アプローチをとっているというのも理系な私には楽しかったです。


 

posted by 山崎 真司 at 23:27| Comment(0) | TrackBack(1) | 社会一般
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いじめの構造(書評)
Excerpt: いじめの構造 (新潮新書 (219))を読む。教育再生会議はどうなったのだろう。とんと聞かぬ。本書は彼らを滅多切り。
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Tracked: 2007-08-18 21:25