森口 朗著
新潮新書 680円(税別)
初版: 2007年6月20日
内容:
前半部では、いじめについて、いわゆる構造主義的な分析をしています。”スクールカースト”という校内での人気度や影響度のような概念と、それを使った”修正藤田モデル”というモデルでいじめについていくつかのパターンに分けています。
・「いじめを見て見ぬふりをするものも加害者である」
これは「いじめを止めさせる義務を教員や教育委員会から、各生徒に移すということである」ということです。たしかにその通りです。
・「いじめを根絶しなければならない」
このこと自体は最終目標としてはアリなんですが、これを掲げてしまうことで、いじめを隠蔽してしまうという圧力が学校や教師にかかります。結局、「いじめを根絶しなければならない」というのを目標としてしまい。そのための方策については、”個別の学校の判断に任せる→教師個々の判断に任せる”という上意下達のみで終わってしまうということにつながります。むしろ、「根絶するために〜〜する」ということにフォーカスしないといけないといったことです。
また、この中では「いじめ」という言葉の下で、暴力などの”犯罪行為”が学校内で行われると「いじめ」という言葉で隠されてしまい”犯罪”を許してしまう、ということも述べられています。
読んだ感想:
いじめについて理想論的に「いじめはなくさなければならない」と漠然と思っていました。また一方で「いじめは許さないという主張を繰り返すことでいじめは根絶できる」といった言説に非常な違和感を感じていたので、この本を読んでみたのですが。
また、”いじめ”についての内容だけでなく、問題分析の一部に構造主義的アプローチをとっているというのも理系な私には楽しかったです。
