2012年05月21日
ダメなものは、タメになる
フリン効果というのを知っていますか?これはIQを調べていると、IQを調べた時期が後になると徐々にIQが増えていくというものです。
そもそもIQの意味はなんなんだ、とか別のツッコミはあるものの、この本はこのフリン効果は「ダメなもの」によるのではないか、ということを述べています。
「最近の子供は外で遊ばないでゲームばっかりしてる」、「本も読まずにテレビばっかり見てる」
こんなことをよく聞くのではないでしょうか。もっとも、こんな最近の子供をDisってる人は、単に「よって自分はエライ」とでも言っている気がしますが...
この本では、ゲームやテレビといった「ダメなもの」が、昔よりも複雑になっており、それが現代人の認知能力を押し上げているのではないかということを述べています。
例えばドラマの筋は昔のドラマよりも、今のドラマの方が遥かに複雑です。これにはビデオの影響が大きそうです。昔のドラマは1回見れば終わりだったのですが、最近のドラマはDVDを売るためなのか、何度でも見るに足るものが増えました。昔、子供がコンバトラーVというアニメを見ているならば、単に見ればよかったのですが。最近の子供がケロロ軍曹を見るなら、ケロロ軍曹を十分に理解するためには膨大なアニメや暗喩を読み込まなければなりません。これは様々なドラマでも同様です。
もちろん、ネタバレサイトなどがインターネットにありますが、それでもそういったネタバレサイトを見ながらでないと解釈できない複雑な作品が増えたことは間違いないです。
また、昔のドラマである例えば”特攻野郎Aチーム”と、”24”では物語の筋の複雑さが違います。”24”や”ER”といったドラマは様々な線が絡み合っているので、十分に集中してしっかり見ないと筋が理解できません。
ゲームについても同様です。私が小学3年生の頃はゲームウォッチでドンキーコングをやっていましたが、同じく小学校3年生の甥っ子が”ドンキーコングリターンズ”をやっているのを見ると、同じゲームとは思えないほどに覚えなければいけないことや、複雑な操作を必要とされます。
これらが、現代人の認知能力を底上げしているというのがこの本の主張です。もちろん本を読まないでゲームだけしていればオッケー、というものではないですし、ゲームをたくさんしてもウメハラにはなれるかもしれませんがきっとアインシュタインにはなれません。しかし、この本の主張は私のゲーム感を90度くらい変えてくれるものでした。また、テレビ番組に与えるビデオの影響(すぐ見直せる)というものを再認識しました。たしかにビデオがない時代では、”ぱにぽにだっしゅ!”のようなコマ送りしないと楽しめない番組はありえなかったでしょうから。
これを読むことで、最近思っていたマニアしか楽しめないようなハイコンテクストな番組がどうして増えたかについて少し考えがまとまりました(要はソフト販売のために、何度も見る工夫をしてある、と)
2012年05月13日
地球の論点
Whole Earth Catalogという雑誌を出していたスチュアート・ブランドの環境問題に関する本です。昔からの環境保護主義者ということなので、イデオロギー的な、そして論理も何もないようものを想像していたのですが、全くそういうものではありません。むしろ、様々な本を紹介していくという、編集者的な本と捉えるのが妥当でしょうか。
主な論点は3つです。
1つめは都市化についてです。都市化、特にスラム化は様々な利点をもたらします。環境という面では都市は効率的ですが、スラムというのも実際にはかなり効率的ということです。これは面白い点です。都市が効率的というのは環境問題ではよく言われていますが、スラムも合理的に出来ていくというのが面白いです。経済学者が書きそうなネタですね。
2つめは原発です。(日本の事故以前の)最近の環境派は、基本的には原発賛成というのがトレンドです。ペブルベッドの小さな原発といったものを勧めるパターンが多いのですが、この本も同様です。この論点については現在とは状況が違うので、保留しておきましょう。
3つめは遺伝子組み換えです。私は基本的には遺伝子組み換え賛成派です。そして、著者も同様です。遺伝子組換えの長所・短所を考えると
長所
・効率的に食料生産が出来る。
・食料生産の際に、使用する農薬量を減らせる
短所
・印象が悪い
・遺伝子組換えによる影響を全ては予測できない
・遺伝子組換えを行う一部の企業に、種が独占される
といったところでしょうか。私は「効率的に食料生産が出来る」メリットが圧倒的と思っています。一方、短所としては一部の企業に種が独占されるという点を考えていましたが、この本を読むとそうではないことに気付かさせられます。一部の財団が支援して、発展途上国向けに、効率的な種子を作ったりしているです。一方、遺伝子組み換えによる影響を全ては予測できないという考え方や、宗教観から来る「印象が悪い」といった反対意見もあります。
保証できないからダメという考え方には多少の理解はできますが、一方で今飢えている人たちを目の前にして、「このボタンを押せば300万人を殺すが、代わりに(あるかないかわからない)遺伝子組換えの影響はなくなります」というボタンを押せるのかというと私にはとても押すことができません。
実は読む前は、昔ながらの環境保護主義者をイメージしていて、自分の主張と反対かと思っていたのですが、意外と同じタイプの人でした。しかし、自分の意見をゴリ押しするというよりも、様々な本を紹介していき、後はそれを読みましょう、といったスタイルだったのが好感がもてました。
塩の道
有名な民俗学者の宮本常一の本です。その名の通り、「塩」を中心として日本の伝統について述べています。いやー、塩という切り口でもいろいろ語れるのですね。
塩分を取るために山の人は塩をした魚を食べたが、塩が抜けないように煮るのでなく焼いて食べる、というのはいいとして。塩イワシを買うと、1日目は舐めるだけ、次の日は頭だけ食べるとか、次の日は胴体、そして尻尾と4日で食べるなんて初耳でした。
また輸送手段としての牛が意外と秀逸で、馬より細い道を行くことが出来、途中の草を食べながら行けるとか。また、商人が南部鉄を運んだ牛をそのまま売って帰るので南部牛があちこちにいたのではないかと述べています。
この本を読むと、昔の日本については知らないことだらけです。言われればそうかもね、とは思うものの全く考えもしたことがないことだらけなのが刺激的です。逆に、自分の昔についてのイメージがいかに、テレビの大河ドラマや時代劇といった薄っぺらい作り物の印象から来ているかということを自覚させられる本でした。
2012年05月06日
大気を変える錬金術 ハーバー、ボッシュと化学の世紀
ハーバー・ボッシュ法で知られるフリッツ・ハーバーとカール・ボッシュの伝記です。二人共ノーベル賞受賞者ですね。
ハーバー・ボッシュ法というのは窒素固定法です。窒素固定法というのは、畑をしばらくしていると畑中の窒素がなくなってしまい(地味がなくなる)作物が上手くならなくなってしまいます。これに対応するためには、豆類を植えることを行います。三圃式農業という、穀物、穀物、放牧地、とローテーションする農法の放牧地も窒素の回復のためです。つまり、農作物は、窒素がポイントなのですが、窒素を畑に補給する方法はあまりありませんでした。
各地にある硝石は良い肥料になるのですが、南米や各地で取れていた硝石なども次第に採り尽くされていきます。そして良い肥料がなくなると、大きな問題が発生します。
この問題にどう立ち向かうのでしょうか?この本は、ドイツの科学者のハーバーが高圧を使った窒素固定法(アンモニア精製法)を開発し、同じくドイツの科学者(というか企業人)ボッシュがそれを工業化し、低コストで作れるようにした物語です。といっても、ハーバー・ボッシュ法についてのみ書いたわけでなく、ハーバー・ボッシュ法が実用化されるまでの、チリとペルーの硝石戦争についてなどについても述べられています
また、ハーバー・ボッシュ法についてだけでなく、二人のその後がむしろメインと言えます。科学者としての名声を求めたハーバーと、一企業人として生きたボッシュ。ユダヤ人であるハーバーは二級市民扱いから脱するために第一次世界大戦で毒ガスの開発に協力します。また、ハーバー・ボッシュ法は肥料だけでなく、火薬の原料にもなります。大戦中の需要はボッシュのいた企業BASFに影響を良い影響を与え、大戦後のインフレはボッシュのいたBASFにも大きな影響を与えます。また、ボッシュは途中から、石炭からガソリンを精製する方法を実用化します。
しかし、大戦後のドイツではナチスが台頭してきます。ユダヤ人であるハーバーは最後にはドイツを離れ、一方ボッシュは反ナチス的であるためか要職を追われる、さらにガソリンと火薬をドイツに提供しているという気持ちもあってか、うつ状態に苦しむことになります。
この本はハーバー・ボッシュ法の詳細についてというよりも、第一次世界大戦前後でのドイツの化学、そして、化学産業の立ち上がりという横糸を、ハーバーとボッシュという二人の伝記という縦糸をベースにつむいだ物語といったものです。歴史も、科学も知らなくても読めるような本でした。すらすら読める本でしたが、第一次世界大戦前後のドイツについて知ることができました。
