2008年09月01日

海の波を見る  誕生から消滅まで

光易 恒著
岩波科学ライブラリー
初版: 2007年4月

岩波科学ライブラリーですが、実際には波の研究者が撮った波の写真集といったところでしょうか。風波(ふうは、かざなみ)という風によってできるできる並の研究者が、並の生成から消滅までを人の一生になぞらえて、また不思議な波の写真を、科学的な説明と共にしています。
これまで波というのは、漠然と月の引力とコリオリの力が複雑に絡み合ってできていると思っていたのですが、実際には他にも風からできているということでした。


この本は純粋に波の写真集(解説者は極めつけの波マニア)としても読める、いや鑑賞できるのですが。この解説がは、研究(=科学)の縮図ともいえます。
風波の研究が比較的新しい分野ということもあり、説明の端々から研究の発展や分かっていることと分かっていないことというのが伝わってきて、風波研究の概観を捉えられるのも素敵なプラスポイントでした。


さくっと読める本なのですが、美術好きにも科学好きにもオススメできる一冊でした。また、これまでいかに日常にあることを見逃していたかというのも思い知らされました。


他人の書評を読んで:

http://sanasen.jugem.jp/?eid=604

 しかし、こんな優雅な自然現象ですら研究が推進されたきっかけは第二次世界大戦の上陸作戦にそなえるためだったとは……まったく人類は因果な動物である。
 まぁ、地震波探査や古地磁気調査も冷戦期の軍事的緊張が可能にしたことを考えると、大量の予算を必要とする前例のない研究は軍事にリンクさせないと実行が難しいのだろうな。

風波の研究は第二次世界大戦を契機に行われたというのは読んでいましたが、たしかにこの科学(本書)というのが、軍事と絡まないと行われなかったというのは....たしかに悲しいというか、因果な動物ですね.........むー。


http://plaza.rakuten.co.jp/bhavesh/diary/200707250007/

 これはスティーブンスンの名作「宝島」からの1節である。興味深いことに、うねりの実態をじつに見事に表現している。p44
 たしかに、この風景のなかに、地・水・火・風・空が入っている。


そうですね。この”宝島”からの引用は素敵でした。光易氏は研究者のはずなのですが、こういった引用や喩えが非常に巧みでかつ詩的です。例えば発生した後に風の力を受けて成長している途中の青年期の波の説明には

この活力に溢れた波の姿は、大量の栄養を吸収するとともに貪欲に知識を吸収し、急速に成長を遂げる少年期から青年期にかけての人間の姿に似ている。荒々しい振舞いで周囲に波紋を生むところまで似ているようである。
とあります。なんという素敵なレトリックでしょうか。理系の教授というよりも、海洋写真家の本であるというところでしょう。本当に素敵でした。
posted by 山崎 真司 at 21:37| Comment(1) | TrackBack(0) | その他、一般

歴史哲学講義(上)

ゲオルグ・ヴィルヘルム・フリードリヒ・ヘーゲル著
岩波文庫
初版: 1994年6月

”難解”として有名なヘーゲルの著書ですが。この本は、長谷川宏氏の翻訳が良いのか、元々読みやすいのかかなりサクサク読める一冊となっています。
あ、実はヘーゲル著書でなく、大学での講義内容をヘーゲルの死後にまとめたものですね、これは。


この本では、序論と第一部の東洋世界が収められていますが、序論ではヘーゲルの歴史観が述べられます。なお、この本での歴史は哲学的な意味での歴史となっています。

なお、ヘーゲルは”神の摂理”が歴史のうちにも存在するという立場で歴史を捉えています。また、各地域(中国、ペルシア、インド)といった地域の歴史を俯瞰していますが、そのときのポイントとしては、歴史の有無(例えばインドには神話はあっても歴史はない)、自由があるか(自由な思想がないとダメ)、倫理観の有無、といった視点で語っています。


この本を読んでいると、ヘーゲルが文化(思想?)というものがどうあるべきと考えているかは非常に分かりますが、そこに至る過程は一切説明がなく所与のものとして記述されています。また全体的に、ある摂理の元で歴史が進んでいること(基本的に正しい方向へ進んでいる)という思想が強く、またドイツ(プロイセン?)を強く肯定しているという背景が見え隠れする感が少し鼻につきますが...

逆に自分の歴史観にある偏見といったものを意識することができました。
 
posted by 山崎 真司 at 20:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 哲学、人生論

伝奇集

ホルヘ・ルイス・ボルヘス著
岩波文庫
初版: 1993年11月(原著は1941年の八岐の園と、1944年の工匠集の2編の短編集)


ボルヘスの2つの短編集をあわせたもので、メタフィクションではないのですが概念的な小説です。短編はそれぞれあるのですが、主に以下のものがモチーフになっています。

・連環(無限の概念)
・1元論と2元論
・不在

連環というのはその名の通りで、終わったように思えても元に戻ったり、そもそも無限がモチーフとなっているものです。
例えば、ある話においては最初は明確に”仕組み”がストーリー中に語られているのですが、進んでいくうちのその”仕組み”が消えてなくなっており、最後には、リアルな世界にある”仕組み”が存在するかもしれないといったことを示唆します。

また、「バベルの図書館」という秀逸な短編では、同じ本は一冊しか同じ本がないという無限の図書館(*公理*として無限を越えて存在している)について述べています。


1元論と2元論は、明確に”グノーシス派”と”新プラトン主義”という言葉があちこちにちりばめられています。様々なところで、「(全く違うものに思えるが)実はAはBなのだ」といったレトリックが多用されています。

実際に、ここでいう2元論は(デカルトでなく)わざわざ”グノーシス派”と明記されているのですが、小説の上での2元論は、小説上の”筋”(現実世界での肉体に対応)と”概念や作者の意図”(現実世界での精神に対応)といった2元論として読みました。
ただ、実際に読者からみた場合は、これらは単に”筋”という1元論として読み解くこともできるのですが。


不在については、ボルヘスの代表的なモチーフだと思います。世の中には「犬が鳴かなかった」ことが奇妙であるという事件もあるそうですが、ボルヘスも敢えて”不在”になっていることがあります。


上記のようなモチーフを元に、形而上学っぽいSF小説といったところでしょうか。解釈に悩む話もありましたが、大変楽しく読むことが出来ました。

posted by 山崎 真司 at 08:18| Comment(2) | TrackBack(0) | 小説