MJアドラー CVドーレン著
講談社学術文庫 900円(税別)
初版: 1997年10月(以前1978年から出版されていたものです。原書の初版は1940年ですが1972年版をベースに翻訳されたものです)
これは点検読書といういわゆる斜め読みと、分析読書というより深い読み方の2つです。そして読書においては、この広く浅い読みと、狭く深い読みを組み合わせるといったことを提案しています。
これは情報を得るための読書と理解を深めるための読書は別であるという前提に立っています。たしかに情報を得るための読書と理解を深めるための読書は、別の読書方法があるはずです。また、どちらの読書にしろ、情報が均一にあるわけではないので、読書の中ではこの浅く読むと深く読むを使い分けながら読むことになるとは思いますが...
他人の書評を読んで:
読書は4つのレベルに分けれる。
そうそう、私の説明では読み方は2つ(点検読書と点検読書)と書いたのですが、この本では実際には読書のレベルという書き方をしています。まったく次元が違うものなので、読書のレベルというのとは違うのではないかなー、と思ってたの2つの読み方を提案していると書きました。
http://digi-log.blogspot.com/2007/03/blog-post_26.html
清水は客観的読書法から主観的読書法へと変化したと述べていた。つまり、丹念に客観的にノートをとっていたのが、テーマや問題意識にそって、あくまで自分を主体に本を読むようになったということだ。これはアドラーの「分析読書」から「シントピカル読書」への移行と同じことだろう。
あるところで、客観的読書と主観的読書について議論をしていたのですが。基本的には私は主観的読書主義者です。「客観的読書よりも主観的読書の方がより良い」とかでなく、作品の価値を著者や作品に内包されているという前提だったり著者はより高い知性などを持つという前提か、価値というのは解釈の瞬間に生まれるという前提なのか、によると思ってます。
http://library666.seesaa.net/article/70208257.html
少なくとも読書法を教授する意図で書かれた本であり、これを使う事でより良い読書ができることが期待されるはず。所詮ハウツー本である以上、より簡素な明確さが必要であり、分かり難いとは言わないまでもあまりに冗長な文章はいただけない。実際の読書での実現性に乏しい点に至っては重大な問題だ。何よりもこれ読んだら、読書したくなくなってしまうんですが、これって致命的な欠陥だと思うのだが・・・?
私は、この本は絶対に推薦しない。
意外な展開でした。
私がこの本を読んだ感想は「普通すぎて、特に読まなくてもいいんじゃ...」と思ってましたが。もちろん、この本で言う分析読書を細かいレベルで、個別に行う必要は無いと思いますが。
また、実はこの本はハウツー本といいながら、深い読み手にはあまり意味がない(すでにしていることが多い)し、そうでない人にはこの本自体が難しいかもしれないという気もしてきました。
http://ameblo.jp/seikoustreet/entry-10089141737.html
個人的には、点検読書とシントピカル読書の箇所を非常に興味を持って読み進めました。
「難しい本を読むとすぐ挫折してしまう」「よく本を読むが、あまり内容が理解できていない」と感じるかたは、是非1度読んでみて下さい。
個人的には中高生くらいに読んで欲しい本だと思いました。その頃読んでいれば、もっとラクに本を読めるようになっていたのに..
