2008年07月27日

まぐれ 投資家はなぜ、運を実力と勘違いするのか

ナシーム・ニコラス・タレブ著
ダイアモンド社 2000円(税別) 
初版: 2008年1月


タイトルは「まぐれ」ですが、何がまぐれと言っているのでしょうか?
全部です。
いや、ほとんど全部です。いや、多くの事柄のかなりの部分といったところでしょうか。


この本のポイントは3つでしょうか。まず、1つめは人間はある結果に対して運の要素をあまり考慮せず、何かの原因を探してしまう傾向の指摘でしょうか。

例えば、XXが大ヒットした時に、それは開発者の実力だったり、○○のおかげ、のように何らかの理由付けを求めてしまいます。これにより、ある程度は実力でのこりは運であったにも関わらず、「XXXを○○台売った男」とか、この○○台売ったのはA氏の能力に起因していると思ってしまいます。もちろんその要素はありますが、運の要素も多分に含まれているのではないか、というのがこの本の主張の最大のポイントです。


2つめには、稀にしかないことを無視してしまうことです。例えば、ある国の国債がアメリカの国債よりも金利が2%高いとします。これはアメリカの国債が債務返済不能にならないと仮定すれば、もう一方が簡単に計算すれば100/2 = 50で50年に一度債務返済不能になってしまう確率があるならばあまりいい国債と言えません。一方で50年に一度債務返済不能になる確率はあるでしょうか?

ある1年を見て、今の状況を見ればそれはなさそうですが、「それは分からない」といった大事件が発生する確率は十分にあります。例えば1900年代をみて、2回の世界大戦やブラックマンデーなどがありましたが、これらクラスの問題がまたあったとしても債務返済不能にならないでしょうか?たしかにブラックマンデーはともかく、世界大戦はもう起こらないという可能性もありますが、一方で20世紀では思いもしなかった事件が起こる可能性があります(例えば石油の枯渇や、宇宙への移民の開始など)。 


3つめですが、確率的に歴史を眺めるといった視点です。この本はサブタイトルが「投資家はなぜ、運を実力と勘違いするのか」となっていて著者は投資家なんですが、この著者の投資哲学から来た概念でしょうか。

この確率的に歴史を眺めるというのは起こらなかった歴史も考慮するということです。投資の世界において、例えば上がる確率が90%、下がる確率が10%といった場合でも、上がる場合の金額の期待値と下がる場合の金額の期待値を考慮しないといけないです。そして結果を見てパフォーマンスを評価するときでも、結果として上がったこと(もしくは下がったこと)のみで評価するのでなく、起こらなかったもう一つの可能性も考慮して判断を評価しないといけないということです。
実際に、人間はあることが起こるとその結果のみに注目してしまいますが、実際には判断の正当性を評価して、それは起こらなかった歴史を考慮しないといけないです(そうしないと、例えば90%の確率で10円あがり、10%の確率で100円下がるようなものの売買について、買う方がベターという判断になりがちです)。実際に、日常でもこのような起こらなかった歴史について考えながら、行動を判断するというのはとても刺激的な経験となります。


とにかく、この本は私が読んだ中では今年のダントツ一位の本でした。 


他の方の書評を読んで:

http://www003.upp.so-net.ne.jp/ikeda/taleb.html
 
こちらの書評はそのままといった感じでしょうか。既存の金融工学が、”科学的”なアプローチをしていて、正規分布でないものを正規分布と仮定した上で成り立っているといった問題を指摘している本といった読みでしょうか。


http://blog.livedoor.jp/sioyakioh/archives/455734.html

ただ、そういう人間と付き合いのある方はこの本を読むことを特に勧める。
その人の真の実力を測る判断材料のひとつとして。
副題にあるように、人は「運を実力と勘違いしやすい」のだ。
無論、最も読むことを勧めるのは運用やトレーディングに従事しているその人自身なのだが。汝自身を知れ、とはこのことである。

汝自身を知る、本なんですね...投資に限らず、自分のこれまでのいくつかの選択や創造について、運の要素が多分にあるのは認識していたのですが...投資家以外でも、自分を知る本として読むことができそうです。
そういえば、うちの兄貴が大学に受かったのは”まぐれ”と言ってました(たまたまヤマが当たった)、学歴によって第一印象が決まるならば、こんなベースにも”まぐれ”がありました...


http://blog.livedoor.jp/dankogai/archives/50992418.html

この手のオビに飛びつく人もいれば、ドン引きする人もいるが、はじめに言っておくと、この帯は孔明の罠である。ドン引きする人こそ、本書を好きになれるだろう。実際、著者はこの手のアオリ文句を本書でバッサリ斬っているのだから。
 
このオビは読んだ瞬間ダメだーっ、と思いました。しかし、本書を読んでいくと、このオビ自体の否定をしています。その皮肉がいーなー、と思いながら興味深く読みすすめました。こちらのレビューの著者も同じ気持ちだったのでしょうか?


本書のメインディッシュは、カール・ポパーの半焼主義、失礼、反証主義 である。それが科学者の言葉ではなく、金融屋の言葉で書いたその部分こそ、出師の表なのだ。

 
たしかにこの本は、金融屋が書いた本ですが、この本は哲学者が書くこともできた本だと思いますが、むしろ金融屋こそが書くべき内容の本であると思います。実証主義でしょうか(大嘘)。


http://d.hatena.ne.jp/koiti_yano/20080211

面白い...書評とかでなくて、純粋にブログとして面白いです....書評じゃない...でしょうか...
そういえば、こちらのブログはRSリーダーでずっと読んでいるのですが、所属がROR団なんて不思議な団なんですね...(←プロフィールはRSリーダでは読めないから気づきませんでした)
posted by 山崎 真司 at 08:37| Comment(2) | TrackBack(0) | 哲学、人生論

2008年07月24日

理解とは何か

佐伯胖編
東京大学出版会 2400円(税別)
初版: 1985年11月


コレクション認知科学の2巻です。このシリーズの他のものは全て書かれたものだったのですが、この本は”理解とは何か?”というシンポジウムでの5人の講演を起こしたものです。

”理解”の一般論や、数学の学習について等が書いてありますが、一番面白かったのは解題の”人はどのようにして「他人の心」を理解するのか”です。ここでは赤ちゃんの実験を通して、”理解”について述べています。


具体的に最も興味深かったのは、「赤ちゃんは相手の立場に立って考えることができるのか」という実験です。これは、赤ちゃんに、例えばAさんが小さな箱にりんごを入れておき、Aさんがいない間にBさんが小さな箱のりんごを中くらいの箱にりんごを移して、Aさんが戻ってきて中くらいの箱(小さな箱)からりんごと出す、といったことをしてその反応から赤ちゃんがAさんが何を見えているのかを理解しているかを確認するといった実験です。

この実験によると、14〜15ヶ月くらいの赤ちゃんは、Aさんが何を見ているのかを認識しています。また、12ヶ月くらいの赤ちゃんは、他人を見る時に、他人の動きだけでなくその人がどこを見ているかといったことにも興味があるようです。


このような実験心理学的なアプローチはいいのですが、それ以外の”理解”は心理学だけでなく、哲学、言語学、脳科学といった要素があり、非常に難しい分野とは分かっていたのですが...

この本を読んでもあまり分からないことが分かったというか、それすら分からなかったというか、そのような印象です。いくつかのトピックは分かりつつ、そこから先が想像できないという点で、”理解”というのは本当に深い分野であるということだけが分かった一冊でしょうか。
posted by 山崎 真司 at 00:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 哲学、人生論

2008年07月21日

新しいヘーゲル

長谷川宏著
講談社現代新書 700円(税別)
初版: 1997年5月


以前、ある知人に「山崎さんって、全然哲学とか読まないんですね」といったことを言われて驚いたことがあります。実は、その後でその知人が挙げたいくつかの著者については私は全く哲学者と思ってなかったのがあり、一方で自分は哲学っぽいものを読んだりもしてると思ってたけど、たしかにそれらが哲学なのかどうか分からなかったからです。


もちろんどれが”哲学”でどれが”哲学”でないか、といった定義には興味がありませんが、考えることは意味があるでしょう。


明らかに哲学者としてみなされるであろう人が何人かいるでしょうか。
・ソクラテス
・デカルト
・カント
・ヘーゲル

あたりは誰もが認める哲学者といっていいでしょうか?


この中では、ヘーゲルが一番手ごわそうなイメージがあります。ありますよね?


あれ?ないですか??私のイメージでは、弁証法といった手法には興味をありながら、ヘーゲルの哲学”体系”は難解に違いないと思ってました...

実際にヘーゲルの本をまだ読んでいないのですが、この本を読んだ上では、ヘーゲルの理性最上主義(これはデカルト以降の西洋哲学の伝統でしょうか)にプロテスタントが与えた影響というのが分かりました。こうした歴史的な背景というのはヘーゲルの本を何度読んでも読み取れませんし、同じ時期や同じ地方での著者の本や事件の解釈をする上で知っておくべき事柄でしょう。そういう点ではプロテスタントが社会や歴史に影響をどこまで与えたかといったことを事前に読んでおくとよかったのでしょうか。
これはプロテスタントにとっては神を最上と置いた上で自らが祈りを行うことで神とのつながりを持つ(神の存在が内発的な事項で定義される)といったことで、絶対的な真実としての神のトップダウンでなく、理性的な認識の上で神が存在するという考え方がベースにあるということでしょうか。


また、ヘーゲルが”美学講義”という本を出していたのは知っていたのですが、かなり興味が出てきました。

・古典芸術の彫刻では、主観的な内面と外形とがぴったり即応し、外形が内面を過不足なく形象化し、内面と離れて勝手な動きをすることがなかった。
・醜くゆがんだ外形をあえて造形することによって内面の真理に至ろうとするところに、精神の深さと強さがあると考えた。

この古典芸術というのは、文章上では、ギリシア時代の彫刻などをイメージしているのですが、現代芸術と近代芸術といった文脈でも捉えることができます。
また、醜くゆがんだ外形というのは人間の理性が無理矢理解釈を行ってしまうのでしょうか。こういったものは普段気づかないのですが、こういうのに気づくとたしかに美術を見る時には参考になります。
posted by 山崎 真司 at 23:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 哲学、人生論

2008年07月14日

強く、生きる。

渡邉美樹著
サンマーク出版社 1800円(税別)
初版: 2008年6月

ビジネスブックマラソンというメルマガのこの記事を読んでなんとなく読んでみました。
ちなみにワタミで有名な渡邉氏の単行本を読むのは初めてです。日経ビジネスストラテジーとハーバードビジネスレビューを定期購読しているので、たぶんその辺で、雑誌の記事は何度も読んだことがあったのです。逆に、ある程度は氏のインタビューなどを読んでいたので、本を読みまでには至っていなかったのですが、この本は他の本とちょっと違いそうなので読んでみました。


この本は簡単に言えば渡邉氏の人生論の本です。「いかに生きるか」のみを語った本といえます。


夢を持つことが大事、また夢はかなえることよりも「追いかける」ことが大事といったことを述べています。このあたりは日本ではよく「道」として語られることでしょうか。

このようなことを渡邉氏のような実績のある経営者(経営者というより実業家というべきか?)が述べているのがポイントなのでしょうか。
読んだ時のチェックを後で読み返したのですが、圧倒的にプロローグが面白かったです。自己啓発本好きはプロローグだけでも(場合によってはプロローグだけを)読んでみることをオススメします。


他人の感想を読んで:

http://kaigima.cocolog-nifty.com/blog/2008/07/post_abc8.html
 

生きる、とは動詞であるということ。
生きるとは意思を持った行為であるということ。

こちらの方(儀間さん)は書評というよりもシンプルに感想を述べているといったところでしょうか。上の通りの本だと思いました。


http://ameblo.jp/ligaya-partners/entry-10111309657.html

本書を読んで、めまいがしているくらいでは、
まだまだ私も本気で生きていないのかもしれません。
「死ぬほどの努力」「神が応援したくなる生き方」をしてないのかもしれません。
もっと、強く生きるべきなのかもしれません。

誰も否定できないような文章で、この本を表していますが、儀間さんの感想と同じような感想でしょうか。この本はタイトルの通りの本で、ビジネスの本ではありません。渡邉氏という(カリスマ)経営者の思いの背景や人生観について述べただけの本なのです。
 


 

posted by 山崎 真司 at 23:35| Comment(1) | TrackBack(0) | 自己啓発

2008年07月13日

競争戦略論I

マイケル・E・ポーター著
ダイアモンド社 2400円(税別)
初版: 1999年6月


「戦略は戦術勝る」といったことを言います。実際には戦略といっても相手が存在する上で、実際に”競争優位”をもたらす有効な戦略といったものはどのようなものでしょうか?

こちらの戦略に対して、相手も同様なことをできるのではないでしょうか?例えば、「技術重視」や「ブランド重視」、また「製品の開発サイクルを短くして、タイムリーな商品提供を行う」といった戦略はどこでも見られるもので、戦略といったレベルではないでしょう。


企業戦略の第一人者であるポーター氏は「競争優位の戦略」でこのような”競争優位”をもたらすものについて分析しています。ただ、「競争優位の戦略」で述べられている戦略は実際に適用可能な戦略といったものは少ないかもしれません。これは相手に真似がされない(=持続的な競争優位をもたらす)という時点で、例えば「立地」や「歴史」といったものに依存するしかないといったところでしょうか。


 

キーポイントとなる概念としては、「戦略とはトレードオフ」であり、「競合他社が取れないポジションを取るといった戦略」を取るといったことです。
「戦略とはトレードオフ」というのは直感的にも分かるように、戦略は一つでないということでしょうか。もし何らかの分析によって判断無しにひとつの戦略に行きつくならば戦略といったものは存在しないということでしょう。実際には短期と長期、売り上げと利益に代表されるように(実際には商品開発や出店のような様々なレベルでの)トレードオフについて判断しないと戦略が決められないということでしょう。


また、”競合他社が取れないポジション”というのは、例えば”商品ラインアップを絞る”といった戦略があります。短期的には売り上げと利益が落ちますが、一方で商品ブランドを高める効果があります。このような戦略は、任期が3〜5年の雇われ社長では取ることが難しい戦略と言えるかもしれません。

実際には”競合他社が取れないポジション”として、”商品ラインアップを絞って、ブランド価値を高める”というのが戦略というよりも、”他社とは違うポジションを常に取ろうとする”ということ自体が”競争優位”をもたらす戦略であるといったことを述べています。


以前”競争優位の戦略”を読んだ時ほどの衝撃はないのですが、さすがに企業戦略の第一人者といったところでしょうか。キッチリ”読ませる”本に仕上がっていました。

 


他人の書評を読んで:

http://www.geocities.jp/nymuse1984/oncompetition.html

本書はそんなポーターの論文(ハーバード・ビジネス・レビューに掲載されたもの+α)を5本収録しており、それぞれに説得力のある内容となっている。
しかも、著者自身も「はじめに」で明らかにしているように、その分析対象は企業を取り巻く「業界」から、企業全体の活動(クラスターや地理的立地を含む)へと広がり、科学的にマネジメントを研究する「フロンティア」が拡大していくようすが感じられる。
 (比較的新しい内容のものが多く(90年代のもの)、情報システムなどにも言及している。)


面白い印象でした。私はこの本は各論文のバラバラ感が少しあって、そこで私は読むのをスルーしていた部分があります。

一方、こちらの書評をかいているよしえさん(←おいおい23歳かよ、すごいなぁ、と思った)は逆に広がっている様(さま)を読み取っています。一冊の本でこんなに印象が違うのか。
 
また、書評を読むと本の読み方もまったく違うアプローチに読めました。
私はこの本は比較的一つのことを述べている本として解釈していて、この本は”競争優位の戦略”で述べていた立地や技術上の自社の強みといったものをテコに競争優位をもたらすものを”戦略”とするならば、”他社と違うことを自体”というメタ戦略についてのみ述べているのではないかな、と感じました。


http://ameblo.jp/mansion-marketing/entry-10012675736.html

素晴らしい!

さすがハーバート大学のスーパースター。
本のページの角を折まくってしまった。

一度マインドマップ で整理してみたい。
具体的なコメントはその時に。


非常にシンプルで*伝わってくる*感想です。是非、マインドマップを書いてコメントしてもらいたいです。


http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/001165.html

こうしたトレードオフの戦略をいくつも実行する。すると、戦略同士の一貫性、相乗効果、戦略の組み合わせの最適化という「フィット」の要素が今度は大切となる。活動間のフィットは大幅なコスト削減と強力な差別化につながる。こうして「強固に絡み合った一連の活動」は対抗するのが困難で維持可能な戦略となる。


私は感想上で”フィット”について述べませんでした。この本の上では”フィット”という概念も実際にはキーポイントとなります。

例えばDELLについて述べる時に、秀逸なSCMというものが、全社のオペレーションと密接に結びついています。このような全社のオペレーションが、差別化戦略→秀逸なSCMという戦略の策定→各オペレーションの作りこみということだとすると、これらの”フィット”は多岐に及ぶため、他社は簡単に模倣できないため持続的競争優位をもたらすということになります。
ただ、実際にはこのような”フィット”がトップダウンで設計できるものなのでなく、”フィット”の対象が創発的に生まれてきて、これらの創発的なオペレーションや作戦を企業戦略とマッチさせていっているのではないかと疑っています。果たして、サウスウェスト航空の事例研究でよく出てくるいくつかのポイントは最初から戦略の中に内包されていた(戦略をブレイクダウンした結果のもの)のでしょうか?実際には戦略を行っていった上で、発生したものを上手く吸い上げていっただけで、結果として”フィット”になったということに過ぎず。その上で、”フィット”は結果として”持続的競争優位”を作り出すにいたるものにすぎないのではないでしょうか?


 

posted by 山崎 真司 at 09:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 戦略論

2008年07月10日

「わざ」から知る

生田久美子著
東京大学出版会 2400円(税別)
初版: 1987年9月


先日読んだからだ:認識の原点及び比喩と理解と同様にコレクション認知科学の第6巻となります。

この本は西洋的な学習と東洋的な学習を、心身二元論と心身一元論から読み解いた本であり、著者は「知識とは何か」というところから当初は組み立てたということですが、実際には「教育とは何か」を考えさせられた本でした。


日本の伝統芸能では、”見て覚える”という学習スタイルを取っていますが、西洋的にはピアノのバイエルのように系統立った学習プロセスがあったりします。また、学習においては、簡単な曲から順に難しい曲に移るといったことがありますが、日本の伝統芸能的な学習ではそのような段階性はありません。

つまり、日本式の学習では、「模倣」、「非段階性」、「非透明性」が特徴となります。この「非透明性」というのは例えば”ベストキッド”でミヤギ先生が、ともかくやってみろ、といったような学習をさせていたのをイメージしてください。


また、学習においては、外形的な”形”から、その意味も踏まえた”型”を習得して、その後に”間”を覚えます。この”間”というのは、”型”と”型”との間にある無のことです。例えばビリヤードでいえば、フォームやストロークでなく、待ち方や試合中の心の置き方などになるでしょうか。


この本のテーマはこのような”学習”が、失われているということでしょうか。


背景にはデカルト以降の心身二元論と、心は身体より上という前提があります。たしかに心というのはなんとなくすぐに変えられそうだし、例えばスイング理論さえしっかりしていれば(つまり頭でさえ分かっていれば)すぐにゴルフできるという前提も学習者にとってとても魅力的ではあります。

実際にビリヤードをやっていても、素振りや練習のようなことよりも、理論やコツのようなものをよく聞かれる気がします。実際には、そういったコツを他人に聞いている時点で、次のステップに進めないのですが。


もし、完璧なスイング理論と高い身体能力があっても、実際にはゴルフの”形”は得られても、”型”や”間”の習得はできません。一方、実際の模倣を通した学習では、”形”だけでなく、それ以外のことを同時に学習することができます。これは実際には模倣だけでなく、模倣を通じて、その意味を問うということを繰り返すからです(逆にそれをしない人はそこまで)。


このような理論重視は教育においてもいえます。例えば、農業について学習する際に農作物の育て方といった理科の授業と、農家の生活という社会の授業をやることで、予め規定したポイントとなる”知識”を学習することはできますが、実際に畑で作物を育てることをすると、教師が規定していた”知識”以外のことを学習することができます。


このように教育から、”間”のような深い部分までを学習する機会が失われたということは明示的には述べていませんが。たしかに、「わざ」の学習という視点から突き詰めると、現代の効率化というものは多くの学習機会を捨ててしまったんだな、と思わざると得ませんでした。

 
 
元々はスポーツなどでの学習と認知心理といったものを考えるために読み始めたのですが、どうやらそんなレベルの本ではない大作に巡り合えたな、と感じました。
posted by 山崎 真司 at 23:27| Comment(2) | TrackBack(0) | 哲学、人生論

2008年07月05日

法人税入門の入門 平成20年版

辻 敢・齋藤 幸司著
税務研究会出版局 1600円(税別)
初版: 2008年5月(ただし、元々は昭和61年1月)

 
以前、兄貴からサラリーマンをするには会計知識が多少は必要ということを言われました。
会社の目的をフリーキャッシュフローを増やすことと仮定すると、会計知識はスコアの見方ということになるでしょうか。例えて言うなら、「会計知識がないと、スコアを見ないでサッカーをやるようなもの」といったところでしょうか?


この本はその名の通り、法人税の入門の入門といったところでしょうか?私がこれまで読んだ本では、法人税についてはほとんど述べられていなかったのでちょうどいいです。

 
こんなあたりが知らなかったことです。
繰延資産・・・支出の効果が1年以上に及ぶもののうち、固定資産の取得価額とならないもの。要は固定資産ではないけど、固定資産的な効果があるもの。例えば商店街のアーケードや事務所を借りる権利金など。
圧縮記帳・・・買い替えを行う時に、取得時の資産額と売却額が違う時に、一時的に圧縮損で記帳して、後に減価償却を行います。
貸倒引当金・・・税法上は引き当てられないと何故か思い込んでいのたですが、可能なんですね...知りませんでした。
欠損金の繰越控除・・・欠損金はその後7年の所得金額で通算すること。これは単年度の大黒字があったとしても、他が赤字ならば法人税は均して計算されるということです。


ううむ、読みやすい本なので、ちょろんと読むだけでもいろいろ分かるものなんですね。もっと早く読めばよかったと思いました。


http://yoha.blog.drecom.jp/archive/438

入門ではなく、入門の入門。本当にわかりやすく重要なことが書いてあります。税務の勉強をする人には簡単すぎる内容でしょうが、経理をやっていてスキルアップを密かに狙っている方や、「将来起業しちゃう?」な方や、知識として法人が納める税金のことを知りたい方にオススメです。
 
中小企業やまた大企業が経営判断を行う時に、法人税を考慮するといったことは一般的に行われていると思います。知識として法人が納める税金のことを知るのは、仕事の上でも投資などの上でもプラスになるんじゃないかな、と思います。
 
posted by 山崎 真司 at 06:06| Comment(2) | TrackBack(0) | その他、ビジネス書

2008年07月02日

比喩と理解

山梨 正明著
東京大学出版 2400円(税別)
初版: 1988年3月

 
先日読んだからだ:認識の原点と同様にコレクション認知科学の第5巻となります。


比喩について考えたことありますか?私はありません。


この本は、認知心理学的に比喩を捉えた本かなと思って読んでみたのですが、むしろ言語学の本です。

比喩について、例えば

・君はぼくの太陽だ
・彼女は母親のようだ
のようにそれぞれ文脈がなくとも意味が分かる比喩と意味が文脈に依存する比喩といった使い方や、

・硬い音色
・あまい声
のような、別の感覚(触覚や味覚を聴覚表現に使ってる)の表現で意味を補足するといった使い方などを分類・分析しています。


これまで、比喩というものについて考えたことはなかったのですが、比喩というのは言語体系(ラング)からなる文で表現できる意味空間を、比喩を使うことによってそれぞれの単語からなる原義的な意味とは違う意味空間を指し示すことができるということでそしょうか?

つまり比喩は意味空間を、より高次まで広げることができるということでしょうか。また、こうやって考えると比喩というのは、ある意味を指し示すとしても、個々の発話(パロール)においてのみ解釈されるものということでしょうか?


また、比喩について考えてみると、その言語学的な側面だけでなく、比喩を使うことで相手が理解していない概念や技術を漠然と理解させることができるという面も興味がでてきました。ただ、この本では、そのような学習においての比喩表現についてはあまり触れられていません。

 
 
 
posted by 山崎 真司 at 22:49| Comment(2) | TrackBack(0) | 哲学、人生論